2.クラス替え悲喜こもごも-1


 龍治達が通う『瑛光えいこう学園』は、百年に渡る伝統と多くの優秀な生徒を輩出して来た実績を持つ学園である。

 高水準の教育が受けられる事は勿論、財閥・大企業の子女が通うに足る学園生活を送れる――俗に云う、セレブ校であった。

 一応中等科・高等科になれば特待生の名の元に、多額な学費を払う事の出来ない家庭の子供もいるにはいるが、数は圧倒的に少ない。特別待遇なのだから数が多い訳がないのだが。

 世間さまではこの学園「入るは易く、出るのは難しい」と云われているらしい。易くとは云っても学費や諸経費などはとんでもない額になるので、決して“安く”はないのだが。云いかえれば「金さえばあれば入れる」訳である。

 一応初等科に入るにも試験があるのだが、飛び抜けて難しいものではなかったな、と龍治は思う。軽くお受験対策すれば確かに受かる。ゼンさんの記憶も「受かるだけなら難しくない」と云っていた。

 その代わり「卒業試験が悪夢のように難しい」そうだ。龍治は初等科五年生で、卒業試験がまだ先の話だから内容は知らなかった。年上の親戚や知り合いが卒業試験前には鬼の形相になり、終了後は燃え尽きていた姿を見ているので、その噂は正しいのだろうなとは思っているが。

 初等科に卒業試験はない。あるのは中等科への入学試験のみだ。その入学試験も「初等科のおさらい」的なもの。生徒が勉学に苦しみ出すのは中等科入学後からである、との事である。

 さてこの『瑛光学園』だが、セレブ校の名に恥じず広大な敷地を持ち、設備も「学校に使うもんじゃねーーだろ」とゼンさん記憶が突っ込むほど充実していた。

 初等科から通う生徒は、全て上流階級出身者であると断言して間違いない。この充実っぷりは「今後もずっとこの学校にいて、お金を落としていってね」と云う思惑から来る学園からのサービスだろうな、と龍治は見ていた。そしてソレが正解だとも思っている。

 私立の学校は客商売。生徒おきゃくを良い気分にさせるのに手抜かりはない。特に相手は金をドカドカと出すセレブ子女達だ。勉強はしっかり教えるが他は甘い。けれど学園内が荒れていると云う事はない。ここ数年で金持ちになった成金はともかく、ほとんどの生徒は躾が行き届いた良家の子息子女だ。生活面で甘くとも、大きな問題には発展しない。

 廊下をバタバタ走る子供もいないし、奇声を上げて騒ぐ子供もいない。仮にいたとしても、いつの間にか黙らされていた。子供だと侮るなかれ。ちゃんとした教育をされてる子供は、ヘタな大人より礼儀作法にうるさいのである。

 その代わり陰湿なイジメとかありそうだと思うが、龍治の周りでは起こっていない。そう云うのを龍治が嫌っているのは割と有名な話になっているのだ。誰も龍治の不興は買いたくないので、余計な事はしないのである。

 龍治の学園生活は順風満帆、問題などあまりない――まったくない訳ではない――平穏な日々が続いていた。


(まぁ、波瀾万丈な人生なんて、物語の主人公がやってりゃいい話だからな)


 車の窓から見慣れた通学路を眺めつつ、龍治は心の中で呟く。退屈な人生も宜しくないが、忙しすぎるのも考え物だ。何事もほどほどが一番である。

 時代を感じさせるレンガ造りの校門前で車が止まった。子供の送り迎えにベンツは大げさだな、と龍治は思う。もっと可愛いコンパクトな車がいい。それにドイツ車よりイタリア車の方がデザイン可愛くていいじゃないか、と強く思う。などと云っていると、車好きに「贅沢云うな!」とゲンコツを喰らうかも知れないが。

 運転手が滑るように外へ出て、ドアを開けてくれる。一緒に乗っていた柾輝が先に降りて後から降りる龍治に手を貸してくれるのだが、これ結構恥ずかしい。自分はどこの淑女ですか、これはエスコートですか、と毎回突っ込みたくなる。

 過去に一度突っ込んだ事はあったが、返答は「? エスコートですよ。当たり前じゃないですか」だった。うわ柾輝つよい。あの爽やかスマイル、勝てる気がしない。ぐうの音も出ず黙るしかなかった。

 運転手に手伝ってもらい、一年生の頃は大きくて仕方なかったのに、今は丁度よいサイズになったランドセルを背負う。

 色は桜色。母が絶対にこの色が良いと云って譲らなかったので、龍治が折れたのだ。普通に黒色が良かったのだけれど。ちなみに柾輝はスカイブルーである。

 このランドセルも当然、百貨店やらデパートやらで並んでいたのではなく、ランドセル職人なる方の手によって龍治たち専用に作られたオーダーメイドだったりする。あの時はゼンさんが激しく突っ込んで来た気がした。「ランドセルにいくらかける気だ! 私なんて親戚のお兄ちゃんのお古だったのに!」と。

 親戚のお姉ちゃん、でない所が涙を誘う。もしや黒いランドセルを背負えなかったのはゼンさんの呪いなのだろうか。


(ありそうで厭だ……)

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