1.綾小路龍治の朝風景。-2

 長い廊下を歩いて食堂へと辿りつく。朝一で散歩している気分になるのはいつもの事だ。

 高い天井の大きな部屋には、二十人以上座れる長テーブルがある。白いテーブルクロスが目に眩しい。窓から入り込む陽光に、準備されているカトラリーや皿がドラマの一場面の如くキラキラと光っていた。使用人たちの努力の賜物である。

 席には既に両親が座っていた。

 黒髪黒目と配色は完全に日本人ながら、彫りの深い顔立ちは欧米系を連想させる美丈夫の父――治之はるゆきと、ロングストレートの黒髪にダークブラウンの瞳、龍治の製造元と納得のクールビューティーフェイスの母――竜貴たつきが、穏やかに微笑みながら会話をしている。

 龍治たちが来た事に気付くと竜貴がぱっと立ち上がり、笑顔で歩み寄って来た。


「おはよう、龍治さん、柾輝さん」

「おはよう、母さん」

「おはようございます、奥様」

「今日の具合はどうかしら? 気分は?」

「……大丈夫です。いつも通り、元気ですよ」


 幼児期に記憶のせいでちょこちょこと寝付いていたせいか、母はすっかり息子を「病弱」認定してしまっている。会う度に体の具合を聞かれる事に龍治は閉口気味だったが、心配をかけたのは事実であった。笑顔で大丈夫だと告げるように心がけていた。

 今では丈夫過ぎて風邪すら滅多に引かない元気玉です、とはどうにも云い辛い龍治である。

 竜貴はホッと安堵の表情を浮かべると撫で擦っていた龍治の顔から手を離し、二人を席へ着くよう促した。

 勿論、席に座る前に父へも挨拶をする。


「おはよう父さん」

「おはようございます、旦那様」

「うん、二人ともおはよう。……今日から五年生だね、おめでとう」

「ありがとう」「ありがとうございます」


 別に小学校の進級など特にめでたい事ではない。出席日数や成績などが関わって来るのは高校生からだとゼンさんの記憶が云っている。よほど長期にわたって休学しない限り、小中学生は留年などしなかったはずだ。

 しかし、不器用に子供達の成長を祝おうとしてくれる父の気持ちが嬉しかったので、龍治は笑顔で礼を云った。柾輝も折り目正しく礼をしながら、感謝の言葉を述べる。

 いつまで経っても、両親の前での柾輝は“召使い”のままだった。仕方ない部分があるとは云え、龍治は心苦しくなる。両親の前で顔には出さないが。

 決まった席へ着く。上座――お誕生日席と云う言葉が何故か浮かぶ――は当然父、角を挟んで隣りが龍治、その前に母が座り、柾輝は龍治の隣りだ。

 本来なら柾輝はこの席に着かない。あくまで“召使い”である柾輝は、雇い主一家と食事を共にする事などないのだ。しかし龍治が「柾輝と一緒に食べる!」と駄々をこねた事により、彼も食事は共に摂っていた。

 今思うと、逆に柾輝は緊張して厭なんじゃないだろうか。使用人達と食べる方が気楽なんじゃないかと、龍治も思うのだが。今更柾輝のいない食卓は厭なので、極力自分の部屋で一緒に食べるようにしている。

 最も、父がいない時は頻繁に母が呼び付けるので、結局は龍治、竜貴、柾輝の三人で食べるのが定番になっているのだが。

 給仕たちがやってきて、朝食が始まった。

 今日のメニューは、コーンポタージュ、温野菜サラダ、焼き立てのパン数種類、そしてメインにオムレツだ。ジャムは苺とブルーベリー、柔らかいバターと蜂蜜まである。


(朝から贅沢だなぁ……)


 高級ホテルの朝食さながらであった。シェフたちに心の中で朝からお疲れ様を呟いて、手を合わせていただきますをする。それと同時に、サラダは生の方がいいとも思う。

 生野菜には酵素が含まれているので体にいいのだ。もちろん、温野菜も食物繊維が膨張して体にいいのだけれど。

 そう云う知識が自然と湧いてきて、龍治は心の中だけで唸る。


(……女の人が健康にうるさいって本当だ)


 ぱくりと、温野菜のカリフラワーを一口。茹でられたそれは適度に柔らかく、酸味の効いたドレッシングが食欲を掻きたててくれた。相変わらず当家のシェフは腕がいい。


「龍治、学校生活はどうだい? 何か苦労はしてないかな?」

「全くありません。柾輝のお陰で順調で快適です」

「あらあら。龍治さんは本当に柾輝さんが好きねぇ」

(おうふ……っ)

「光栄です」


 確かに柾輝の事は好きだが――勿論友情的な意味で――、こうあからさまに強調されると咽喉がつまる龍治だ。

 そも龍治が苦労など全くないと断言したのは、少しでも自分に不満があると父があり余る権力と財力を駆使して介入してくるからで、柾輝が必要だと事ある毎に云っておかないと「別の子に取り換えるか」とか云い出しそうだからだ。

 しかし、別に嘘をついている訳ではない。柾輝をよいしょしている訳でもない。学校生活は本当に苦もなく過ごしているし、柾輝がいるお陰で毎日楽しかった。困った事が全くないとは云わないが、父の介入など一切必要ない。

 だから事実を述べているだけなのだが――どうにも、両親には「うちの龍治は本当に柾輝が大好き!」と思い込まれているようだ。いや、好きだが、大事だが、事実だが。


(なんか、俺の好きと両親が考えてる好きの方向性が違う気がする……)


 自分が穿った考え方をしているだけであって欲しい、と龍治は切実に祈るのだった。とろふわオムレツの美味さが胃に沁みる。塩の効いたカリカリベーコンが最高だ。

 柾輝にまで変な方向に誤解されてたら血反吐吐いて倒れそうだな、と思いながら龍治は美味しい朝食を完食した。

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