第3話転機


 病院の面会時間が終わり、外に出た頃には日も沈みかかっていた。

 黄昏が王都の街並みを照らし出す。その哀愁は俺の心の中を表しているかのようであった。


 これから、どうするか。家は売り払ってしまったし、これまで寝泊まりしていたギルド『誇り高き獅子』の私室は俺がギルドを追放された事で利用する事は出来なくなってしまった。


 手持ち金はそう多くないが、安宿に一泊するくらいの金はある。

 とりあえず手持ち金が続く限り、宿に泊まるとしてこれからどうするかを考えよう。


 早い所、新しい仕事に就かないと妹の治療代や入院費が払えない所か自分自身の生活すら出来なくなってしまう。


 そう思って王都の大通りを歩いていると、三人の冒険者らしき人たちとすれ違った。

 三人と言うと正確ではないかもしれない。


 三人の内、一人の少女は自分で立って歩く事が出来ないらしく他の二人に支えられる。


 俺は一目で状態異常に侵されていると気付いた。

 それも軽いレベルじゃない。かなりのものだ。


 よくよく見れば三人の冒険者、二人の少女と一人の少年にはギルド『光輝なる鳳凰』の紋章が刻まれた服を着ている。

 俺が今日まで所属していたギルド『誇り高き獅子』とこの王都では双璧を成すと言われる大手ギルドだ。

 依頼を受けて魔物退治に出た所で状態異常を喰らってしまったのだろうか。

 放っておく訳にもいかず俺は声をかける。


「あ、あのー」

「なんだ、君は?」


 状態異常を受けている少女を支え歩いている少年。

 緑色の髪を短く纏めた利発そうな少年が険のある声を俺に返してくる。

 今は仲間の事で精一杯で他に構っている余裕はないと言う所か。


「真ん中の人、状態異常だよな? 俺が治そうか?」


 突然の提案に緑髪の少年は同じく仲間を運んでいた桃色の髪をツインテールにした少し幼い風貌の少女と顔を見合わせる。しかし、期待感に満ちた顔をしたのも一瞬。すぐに気落ちした様子でこちらを見る。


「無理だ。ルリカの喰らった呪いは状態異常なんてレベルじゃない。上位の怨霊魔術師から喰らった呪いなんだ。解呪するには聖教会の聖女様にでも頼まないと……」

「でも、レオン。わたしたちには聖女様への伝手も、そんな事をお願いするお布施金もないじゃない」


 桃色の髪の少女が緑髪の少年をレオンと呼びつつ、そんな事を言う。

 それは大変だ。上位の怨霊魔術師の呪いか。俺も話には聞いた事がある。


 悪霊系の魔物が主に使う呪いの類を喰らってしまえば状態異常治癒の能力でも治せない。

 そして、強力な呪いは受けた者の命まで蝕んでしまう。


 解呪するには確かに聖教会の聖女にでも頼むしかないだろうが、いくら一流冒険者ギルド『光輝なる鳳凰』の一員と言えどアポなしで会える相手でもなければ、相応のお布施金も要求される事だろう。


 ルリカという銀髪をロングにした呪いを受けたらしい少女は苦しそうな表情をしている。

 なんとか助けてあげたいと俺の中の正義感が訴える。無駄かもしれない。でも。


「やっぱり俺に見せてくれ。もしかしたら何とかなるかも」

「だから無理だと言っているだろう」


 緑髪の少年、レオンとやらは俺の助力を跳ね除けようとする。が、桃色の髪の少女は違うようだった。


「ねぇ、レオン。一回、このお兄ちゃんに任せてみようよ。どのみち、聖教会まで行っても多分、すぐにはルリカの呪いを解呪してくれないよ。その間にルリカが死んじゃうかもしれない」

「リムル……」


 リムルと呼ばれた桃色の髪の少女の言葉にレオンが黙り込む。その末に俺の方を見た。


「お前は回復魔法の使い手か?」

「いや、違う。状態異常の治癒師だ」

「ふむ……それなら可能性はあるかもしれないが、低級のデバブなどとは比較にならない呪いだぞ。出来るのか?」

「それをこれから試して見る。ちょっとどいてくれ」


 そう言って俺はレオンとリムルにルリカを寝かせるように要求する。

 道路に寝かせるのは忍びないがどこかの建物の中に運んでいる時間も惜しい。


 レオンは渋々と言った様子でリムルは祈るようにルリカを横たわらせる。

 ルリカと呼ばれた少女の呼吸は荒い。全身に黒い靄が纏わり付いている。

 確かにこれは呪い以外有り得ない。


 顔色は青ざめていて、一瞬、妹の顔が頭に浮かんだ。

 妹も病状が悪化している時はこんな顔色をしている。


 呪いの解呪は専門外ながら、状態異常治癒師として長年の勘で言わせてもらうとこのままだと後三十分足らずで死ぬ。

 聖教会に連れて行って聖女様にお出まし願って解呪するなんて手間暇を踏んでいるとこのルリカという少女は死んでしまう。

 俺はなんとか呪いを解呪しようとするが、大見栄を切ったはいいものの呪いの解呪なんて初めてだ。


 状態異常は飽きる程、治してきたが、それが呪いにも通用するかどうか。

 俺の魔力を高めてくれていた愛用の杖も今はないのだ。緊張するが、俺は深呼吸し、気分を落ち着けると、両手をルリカの胸に当てる。


 やや失礼だが、こうしなければ治癒は出来ない。

 そして、状態異常治癒の魔法を唱える。俺の両手から淡い薄緑色の光が発し、ルリカの胸から体内に吸い込まれていく。


 出来たか? そう少し不安に思った次の瞬間。ルリカの体から黒い靄は消え、荒い呼吸も段々、平常に戻って行く。

 顔色も青白い顔から健康的な肌色に戻って行く。


 俺は手を離し、立ち上がった。レオンとリムルが呆然とした目で俺とルリカを交互に見比べている。


「とりあえず解呪は成功したみたいだ。この人は大丈夫」


 俺に言われるまでもなくレオンにも、リムルにも分かった事だろう。

 呆然としていた顔を二人共しばらく続けていたが、やがてハッとしたようにレオンが俺に頭を下げる。


「かたじけない。仲間を助けてくれて、ありがとう」

「いや、頭を上げてくれ。当然の事をしたまでだ」

「ありがとうね、お兄ちゃん。ルリカを助けてくれて……」


 リムルも俺に笑みを見せて感謝の言葉を告げる。

 ふぅ、大見栄切って失敗、なんて事にならずに済んでよかった。

 それだと俺の立場がないどころかルリカなる少女の命も失われていた事だろう。


 解呪は初めての経験だったが、俺の状態異常治癒の魔法でも出来たみたいだ。良かった。


「君は……『誇り高き獅子』所属の冒険者か?」


 呪いは解けたもののまだ意識が戻らないルリカを道端にとりあえず運び、背中を壁に預け、座り込ませた後、レオンが俺に訊いて来た。


 彼らの服に『光輝なる鳳凰』の紋章が刻まれているように俺の服にも『誇り高き獅子』の紋章が刻まれている。

 もっとも、この服はもう着られないが。


「いや、無職の身だ」

「無職だと? しかし、その服は……」

「つい昼まで確かに『誇り高き獅子』に所属していた。だが、首になっちまったんだ。笑っちまえるだろう? この紋章が付いた服も、もう着ていられないな」


 俺の言葉にレオンは目を丸くする。


「君ほどの能力の持ち主を解雇したというのか……? 『誇り高き獅子』は? ありえん……」


 驚いたようにレオンは言う。それにリムルも続いた。


「そうだよねー。『誇り高き獅子』ってウチと並ぶ二大ギルドなんでしょ? お兄ちゃん程の能力の持ち主を首にしちゃうなんて……」

「いや、俺は状態異常の治癒しか出来ないからな。首にされても仕方がないよ」


 レオンとリムルは驚いている様子だったが、俺は状態異常の治癒しか取り柄がない。

 パーティーの追放やギルドの追放を告げられた時は役に立てると思っていたが、それだけではやはり足りないのだろう、と思い直し始めていた。


 そんな俺に何かを考え込んでいる様子だったレオンだが、やがて意を決したように口を開いた。


「君さえよければ我がギルド……『光輝なる鳳凰』に来ないか?」


ここまでお読みいただき誠にありがとうございました。

こちらの小説は長編ですが、序盤の流れだけでも楽しめるように出来ております。

主人公の成り上がり、評価されるのが面白い、主人公たちの愉快で華麗な冒険譚が楽しい、追放側のざまぁが爽快。

そう思われた方は星評価やフォローをしていただけると嬉しいです!



長らく更新を怠ってしまい申し訳ありません。私事が忙しかった事と公募小説の執筆に時間を取られてしまいこちらの方は後回しになってしまいました。 また体調不良もあり、執筆時間が確保できないでいましたが、今はある程度持ち直したのでまた書いていきたいと思います。 以前のように毎日更新は無理かもしれませんが、またぼちぼち再開していきたいと思いますのでお付き合いいただけると幸いです。


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