第2話ギルドも首に、どん底に落ちる


 とりあえず、ギルドマスターの元に行って新しいパーティーへ斡旋して貰わなければならない。


 Sランクパーティーから除名された俺はもうギルドの部屋で暮らす事は出来ない。

 俺には王立病院に入院している病気の妹以外の家族はおらず、家も引き払ってしまったので寝る場所がないという問題もあった。


 しばらくは安宿に泊まってなんとか凌ぐしかないだろう。それでも手持ち金は多くはない。

 『翡翠の翼』に所属していて、月金貨10枚という高給を貰っていたが、そのほとんどは妹の治療費に当てて、手元に残る金は多くはなかったからだ。

 当然、貯金なんてしているはずもない。


 一刻も早くどこかのパーティーに入って給金を得られるようにする必要があった。


 俺はギルドマスターの部屋の扉をノックし、中に入る。


 このギルド『誇り高き獅子』のギルドマスター、ライオ・ヴォーデは元・冒険者で『獅子』の異名を取る実力者だった。

 そこから成り上がり、自分のギルドを持つまでに至った歴戦の勇士だ。彼ならば俺の能力も正当に評価してくれてすぐにどこかのパーティーに斡旋してくれる事だろう。


 そう期待して「入れ」と声がしたので扉を開けてギルドマスターの部屋に入る。


「なんだぁ、『翡翠の翼』を追い出されたリックじゃねえか」


 ギルドマスターは俺を見るとあからさまに顔をしかめた。

 もう知っているのか。俺がパーティー追放を告げられたのはつい先ほどだと言うのに。

 ひょっとしたらラフマニはギルドマスターと予め、俺を追放する事を打ち合わせていたのかもしれない。


「は、はい。ラフマニにパーティーを追い出されてしまって……」

「ま、仕方がねえな。状態異常の治癒しか出来ない足手まといなんてSランクパーティーには相応しくない存在だ」


 ギルドマスターの挙動や一言一句から嫌な予感をひしひしと感じながらも俺はギルドマスターに他のパーティーに斡旋して貰えるよう頼み込む事にした。


「あの、俺、『翡翠の翼』は追い出されちゃいましたけど、冒険者稼業は続けるつもりなんです。このギルドに所属するパーティーに斡旋して貰えないでしょうか?」

「斡旋だとぉ!」


 俺の言葉にマスターは怒声を返した。

 今は引退しているとはいえ、元・歴戦の冒険者の凄みに俺は思わずビクリと体を反応させる。


「どの口がそんな事を言っていやがる! 役立たずが! お前なんかを必要としているパーティーはこの『誇り高き獅子』にはねえよ!」

「そんな! 俺の能力ならきっと役に立てるはずです!」

「状態異常の治癒しか出来ねえ癖して偉そうな口きくんじゃねえ! お前なんか駆け出し冒険者の三流剣士以下の存在価値しかねえんだよ!」

「そんな事は!」


 なんて事だ。

 ギルドマスターまで状態異常治癒の必要さを理解せず、そんなに低評価を下しているなんて!

 俺は必死に食い下がる。


「そ、そんな事はありません……それに金がないと困るんですよ!」

「そうだろうな。ラフマニにこれまで迷惑かけてきた謝礼金を払わねえといけねえからな」


 そんな事まで知っているのか。というか、俺が金が必要なのはそのせいではない。


「俺の妹の事、知っているでしょう!? 重病で……治療には大金が必要なんです。病院の入院費もいる。お願いします! 俺をどこかのパーティーに入れて下さい!」

「お前の妹の事なんて知らねえよ! てめえが使えねえのが悪いんだろうが! 屑が! お前なんてパーティーに斡旋どころか、このギルドからも追放だ!」


 さらなる死刑宣告をマスターは告げる。

 『翡翠の翼』を追放されただけでも絶望的なのに『誇り高き獅子』からも追放?

 そんな無職の立場になってしまうなどとんでもない!


 ギルドやパーティーに所属していないフリーの冒険者もいるにはいるが、ギルドを追放されたなどという前歴を持っていてはそんな冒険者に依頼する依頼主がいるとは思えない。

 大体、俺は状態異常治癒しか出来ないのだ。フリーで一人で魔物を倒すなんて事は出来ない。


 俺の能力はあくまで一緒に戦ってくれる仲間がいてこそのものだ。

 他のギルドに改めて所属するにしてもこのギルドを追い出された前歴があっては採用してくれないだろう。


 隠して所属するという手もなくはないが、バレたらどんな事になるか分からない。

 少なくとも再びギルドを追放されてしまうだろう。このギルドを追い出されたらおしまいなのだ。


「じょ、冗談ですよね? ギルドを追放するって……」

「冗談でもなんでもねえよ。俺は前々から、お前みたいな軟弱な男が気に食わなかったんだ。いい機会だぜ。ラフマニも英断を下したな」

「そ、そんな……」


 今度こそ本当に目の前が真っ暗になる気分だった。

 ギルドからの追放だけはなんとか避けようと俺は必死で喰らい付く。


「考え直して下さい! 『獅子』の異名を取ったマスターなら状態異常治癒の重要さも分かるはずです!」

「俺だからこそ、その能力の使えなさが分かるんだよ! とっとと出て行け! お前の顔なんて見たくねえよ!」

「それだと妹が! 俺はともかく、妹が!」

「お前の妹の事なんて知るかって言っただろうが! 兄妹仲良く野垂れ死ね!」


 結局、追い出されるようにギルドマスターからの部屋から出て、いや、実際、追い出されたのだろう。

 俺は宛てもなくギルドの廊下を歩いた。


 これからどうすればいいのか分からない。ギルドから除名処分を喰らった以上、このギルドの建物内にも長くはいられないだろう。

 俺は夢遊病患者のようなフラフラとした足取りで、ギルドを出て、町中に出て途方に暮れる。


 とりあえず、妹の顔を見に行こう。

 現実逃避気味ながら、重病の妹の状態は常に把握しておかなければならない。


 その思いで王立病院への道を歩き出す。

 王立病院はこのグラン・マドロック王国王都の建物の中でも王宮か聖教会に次ぐくらい立派な建物だ。


 それだけに入院費も高い、というのは今の俺には切実な問題だったが、それはあえて考えないようにしつつ、受け付けで面会を申し込み、妹の部屋に入る。


 俺の妹、リアラ・アバネルは窓際のベッドに横になっていた。眠っているのかと思ったが起きているようだ。


「あ、お兄ちゃん、いらっしゃい」


 俺が来た事を察すると上半身を起き上がらせ、俺に笑みを見せる。

 美少女、と言っていい顔たちをしていると身内びいきなしに思う。


 凡庸な顔たちの兄の俺と同じ遺伝子で出来たとは思えない。

 だが、その美形も頬が痩せこけ、目元にもひどい隈が出来ているとあれば台無しだった。


 シーツから覗く腕も枯れ木のように細く、見るからに重病人と言った外見をしている。実際、重病人なのだが。


「ああ、リアラ。最近の調子はどうだ?」

「最近は容態も安定しているし、大丈夫だよ。お兄ちゃんの方こそ最近の調子はどう?」


 訊き返されてギクリとする。まさかパーティーもギルドも首になったなどとは言えない。


「あ、ああ……平常通りだよ。明日も依頼で魔物退治に行く予定だ」


 俺は大ウソをついた。そこには妹を心配させたくないという気持ちもあったが、パーティーもギルドも追放された我が身を知られたくないという虚栄心もあったのは否定出来ない。


「そう。お兄ちゃんは一流の状態異常治癒能力者だもんね。いいなぁ、必要とされている人間って」

「何を言っているんだ。お前だって、俺に必要とされている人間だよ」

「そう? それだといいんだけど……」


 俺は必要とされている人間なんかではなくなってしまったのだが。この妹は俺の状態異常治癒能力を評価してくれているようであった。それだけでも何もかも失った今の俺には救いであった。


 ……いや、何もかも失った訳ではない。俺の状態異常治癒能力はまだまだ健在だし、何よりこの妹のリアラがいる。

 まだこんな俺にも残されているものはある。


 急いで新しい仕事にありつかなければ、この病院の入院費すら払えなくなり、妹の治療どころではなくなる。

 それだけは絶対に避けたい。そのためにどうすればいいか。


 俺は妹と面会時間の終わりまで談笑しながらなんとか起死回生の一手を考えようとしていた。


ここまでお読みいただき誠にありがとうございました。

こちらの小説は長編ですが、序盤の流れだけでも楽しめるように出来ております。

主人公の成り上がり、評価されるのが面白い、主人公たちの愉快で華麗な冒険譚が楽しい、追放側のざまぁが爽快。

そう思われた方は星評価やフォローをしていただけると嬉しいです!



長らく更新を怠ってしまい申し訳ありません。私事が忙しかった事と公募小説の執筆に時間を取られてしまいこちらの方は後回しになってしまいました。 また体調不良もあり、執筆時間が確保できないでいましたが、今はある程度持ち直したのでまた書いていきたいと思います。 以前のように毎日更新は無理かもしれませんが、またぼちぼち再開していきたいと思いますのでお付き合いいただけると幸いです。


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