213 ささやかな抵抗
「消えた──?」
少し離れた位置で二人の様子を見張っていた田中は、突然の消失に目を丸くした。
暇そうな京子に、それを狙うナンパ男、更に二人を眺める茶髪男──その
駅にはこれだけ大量の人間が行き交っているというのに、誰もそれに気付いてはいない。
「人ごみに紛れたってのとは違うよな」
今日の目的が、空間
ナンパ男は本当にただのナンパだと思うが、茶髪は目的の男と考えて
サメジマ製薬に居る時ずっと彼の事を探っていたが、容姿や雰囲気が写真や情報そのままだった。むしろ初めて目にする本人に、興奮が治まらない。
「
忍に連れて行かれるかもしれないという、二人の心配が当たってしまった。
京子がラーメン屋に並んで、そこからスイーツを食べ、缶コーヒーまで来た時には
「
田中は苦笑して、二人が消えた辺りを見張る。姿は見えないが、彰人から事前に受けた説明によると、空間隔離の継続は15分程で、同じ位置に戻って来るだろうという事だ。
だから、ノーマルの自分には再び現れるまで待つしかできない。
予想通りの流れは非常事態と呼ぶには弱い所だが、田中は片手で操作したスマホを自分の耳に当てた。
京子が消える瞬間に上げた右手は『本部へ連絡』か『尾行を止めて』か『こっちへ来て』のどうとでも取れてしまうような中途半端なものだ。けれど、迷ったら連絡を選ぶ。
一度の呼び出しで繋がった相手は綾斗だった。
『何かありましたか?』と緊張を含んだ声が聞こえる。
「接触しましたよ」
まずそれを第一に伝えて、詳細を話す。
空間隔離は予想していたが、それでも楽観的に考えて良い事じゃない。綾斗の返事は冷静にも聞こえたが、焦っているのは明確だ。
田中は二人が消えた位置から目を離さなかった。綾斗との通話も、
けれど、死角から近付いてきた男に気付くことはできなかった。
すれ違いざまにドンとぶつかり、田中は「おっと」とよろめく。
「すいません」と謝る初老の男は、清掃員の服を着た長髪の男だ。
急に途切れた会話に、スマホの奥からは『どうしました?』という綾斗の声が響いた。けれど、返事をすることができない。
ぶつかった相手が誰なのか理解してしまったからだ。
タレ目に泣きボクロをぶら下げた顔が、田中の記憶を呼び起こす。
いつからそこに居たのだろうか──
「松本
その名前を呟いた瞬間、男は「あぁ」と何か納得したように
抵抗することも、悲鳴を上げる事も出来ず、何をされたかも分からないまま田中の意識は薄れていく。
「く……そ」
もがくようにズボンのポケットへ手を入れて、忍ばせてあったスイッチを押した。
ささやかな抵抗だ。
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