211 隙のある女

 田中と別れて東京駅へ下り、まず何をしていいのか分からなかった。

 ここでしのぶに会うのはいつも偶然だ。


 初めて会ったのは大阪へ行く桃也とうやを見送りに来た時で、新幹線改札の側。次は去年の大晦日で、桃也と別れた直後だ。在来線の改札に近い商店の並ぶエリアだった。

 三度目は顔を合わせていない。彰人あきひとと居る所を目撃され、向こうが一方的に挑発してきた。


 全てが偶然なんてことはありえないだろう。計画的だとしたら、彼は今もどこかにひそんでいるのかもしれない。


「本当に会える……?」


 力の気配は感じないが、自分の『ぐ力』を信用はしていない。ならばえて抑制よくせいを解いてアピールするのが妥当だろう。

 闇雲に動くのも、キョロキョロするのも不自然だ。今回の目的は『接触すること』に尽きる。


「けど、どうすれば会えるかな」 


 とりあえず抑え込んでいた気配を放って、またこの疑問へ戻る。

 元々東京駅はあまり詳しくなかった。

 昨日ネットで構内地図を幾つか眺めてみたが、平面に描いた立体構造はどこかのゲームのダンジョンよりも複雑で、さっぱり理解できない。


「誰かを待ってる状況を装う? それとも──」


 簡単に会えないだろうとは予測していたが、何もやることが無くなった途端、腹が空腹をアピールしてくる。

 昼食に本部の食堂へ行ったが、緊張のせいかあまり食べることはできなかった。

 『空腹のまま事件に巻き込まれたら』と言う平野ひらのの忠告が身に染みて、京子は辺りを見回した。お土産屋や弁当の店はあるが、そこで食べれそうな様子じゃない。

 おのぼりさん状態でウロウロしながら、ようやく見つけた飲食店のエリアに飛び込んだ。


 サラリーマンの並ぶ人気店でラーメンを食べ、甘いものにまで手を出してしまう。

 満腹になったら気が緩んできて、コーヒー缶を片手に円柱の柱へ背を預けてぼんやりと溜息を漏らした。


「まだ来ないのかな」


 偶然を装うどころか、恋人に待ち合わせをすっぽかされたような気分だった。

 駅に着いて、既に2時間過ぎている。どこかに居るだろう田中には申し訳ない気持ちになってしまう。


 そんな状況を一変させたのは、チビチビと飲んでいた缶コーヒーが空になった時だった。

 近くのゴミ箱へ向かった所で、背後から声を掛けられた。


「こんな所で何してんの?」


 忍か──と緊張が走るが、振り返る先に立っていたのは見知らぬ男だ。流行りの髪型と服を着る彼は、京子と同じくらいの年頃だろうか。


「──え?」

「ずっとこの辺ウロウロしてたでしょ。誰か待ってるように見えたけど、全然来ないしさ。もしかしてナンパ待ちだった? なら俺とどっか行こうよ」

「いえ、そういうのじゃないんです」


 二時間待って、何故か面倒な展開を引き寄せてしまった。

 そういえば最初に忍から声を掛けられたのもナンパだった。そんなにすきがあるのだろうか。

 さっさと立ち去りたかったが、男は「待ってよ」と全身で京子の行く手をはばんで来る。


「忙しくないだろ?」

「忙しいです、ごめんなさい」


 男はノーマルのようだが、京子の銀環ぎんかんにも気付いてはいないようだ。

 能力を使えば彼を避ける事など容易いが、こんな人混みの中で力は使いたくない。なるべく穏便に済ませたい──と迷った所で、


「駄目だよ」


 男の背中の向こう側から、もう一人の男の声がした。

 その音に、京子の背中がぞっと殺気立つ。思っていたよりも彼への拒否反応は大きいらしい。


 覚えのある香水の匂いがした。


「俺の女に手ぇ出さないでくれる?」

「はぁ? 突然来て彼氏ヅラすんじゃねぇよ」


 ナンパ男の手を背中へとひねり、「邪魔だ」と低い狂喜を響かせる。

 ナンパ男は喉の奥から悲鳴を上げた。


 本当に殺してしまいそうな冷たい瞳に、京子は咄嗟とっさに「やめて」とナンパ男をかばう。

 

「何でだよ。コイツ京子に手ぇ出そうとしたのに?」


 不満気な彼の声に、ナンパ男が息を震わせる。

 忍の登場だ。

 






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