208 相談したい相手

「酔っぱらって話できるの?」

「一本だけだから」


 困り顔を傾けながら、綾斗あやとが「分かった」とレモンサワーの缶を受け取った。

 暗い屋上に吹く風は、昼間よりもいっそう秋の色を感じさせる。

 彼と恋人同士になる前は、良くここで話をしていた。お酒を片手に仕事の事や恋愛の話までして、何気ないその繰り返しが今に至ったんだと思う。


「乾杯」


 綾斗が先に缶を向けて、京子は栓を抜いたレモンサワーをコツリとぶつけた。

 このままグイと飲み干したい気分を抑えて、一口だけにしておく。


「美味しい」

「これで話してくれる?」


 「うん」とうなずく京子を、綾斗が苦い顔で覗き込んだ。


「さっきの話聞いた時は驚いた。ミーティング中ずっと考えてたよ」

「綾斗が上の空なんて珍しい。注意されなかった?」

「上の空じゃないし、仕事はちゃんとしてるから。それに、これだって大事な仕事の話だよ?」

「心配してる──よね?」

「当たり前。東京駅に行くって、あの男に会いに行くって事でしょ? 俺が「はいどうぞ」って了解すると思う?」

「思ってる。仕事でしょ? ホルスが何をしようとしてるか分からない今、彼と話しがしたいと思ったの。綾斗はキーダーにとってやるべき事を選ぶはずだよ」


 半ば押し付けるように言い切って、返事を待つ。

 ずっと触れたままの綾斗の肩にもたれて、京子は「大丈夫だよ」と呟いた。

 けれど彼は「大丈夫じゃないよ」と、途端に不機嫌な顔をする。


「軽く言わないで。人ごみで騒ぎにならなくても、彼は空間隔離の使い手だ。そこに引き込まれたら、戦闘も覚悟しなきゃならない」

「それは──分かってる」

「それに京子さんは女性だって事を自覚して。ナンパされたんでしょ? 向こうは満更じゃないように見えたけど?」

「そこは大丈夫だよ。今は敵なんだよ?」


 最初の出会いがナンパだという事は揺ぎ無い事実だが、その時点で向こうはこちらがキーダーだという事を理解していた。だからこその興味だったとしか思えない。

 「大丈夫だって」を繰り返す京子に、綾斗はムッとした表情を崩さない。


「油断しすぎ」

「気をつけるよ。けど、何かしないと落ち着かないんだもん。キーダーとしてやれることはやりたいの」

「向こうの人数も読めないし、俺が側で見張ってるわけにもいかないだろうし」

「綾斗は顔もバレてるから、気付かれたらどうなるか分からないからね」


 九州の件があってから、銀環ぎんかんのGPSはオフになったままだ。

 幾ら気配を消していても、力を使えば正体を隠すことはできない。向こうが何か仕掛けてくれば、こちらもそれなりに抵抗する事になるだろう。彰人あきひとがキーダーだとバレた前例もある。

 ただ、あれだけ人の多い東京駅で大事おおごとになるのは避けたいが、警戒されて相手が出て来ないというのも本末転倒だ。


「俺もそろそろ何かしなきゃとは思ってた」

「綾斗」


 彼の手に力がこもって、ペコンと空き缶の凹む音が鳴る。


「キーダーだからね。やらなきゃいけないのかも」

 

 『キーダーだから』それだけで行く理由には十分だ。


「ただ、慎重に行こう? ちょっと相談したい人が居るから、決行は明後日まで待って貰える?」

「相談?」

「俺たちだけで動いて良い事じゃないよ。ちょっと時間くれる?」

「分かった。けど、誰だろう」


 急に言われても、パッと相手は浮かばない。


「誰だと思う?」


 綾斗は試すようにニコリと笑って、レモンサワーを喉に流した。






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