207 夏の終わりに
「
それを彼に言ったら反対されるだろうと思った。
綾斗もすぐにその意味を察してか、困惑の色を見せる。
「それって……」
けれど言葉を口にする前に、今度は別の施設員が建物の入口から野太い声で彼を呼んだ。
「綾斗さん、そろそろ始めるんでお願いします」
「分かりました、すぐ行きます」
久しぶりの訓練は課題が山積みだ。
全体での予定が一通り終えた所で、今度は事務所のメンバーが中心になってミーティングがあると言い、綾斗もそこに呼ばれていた。
男が「宜しくお願いします」と中へ戻っていった所で、綾斗が京子の腕を横から掴む。
「まさか今日だなんて言わないよね?」
「今すぐの話じゃないよ。とりあえず頑張ってきて」
「うん。後でちゃんと話させて」
後ろ髪を引かれる用に、綾斗は何度も京子を振り返りながら施設員の男を追い掛けて行った。
京子は深呼吸して、夏も終わりかけの高い空へ手を伸ばす。まだまだ日差しは暑いが、それでも最近は夜になると涼しかった。
季節は着々と秋への準備を進めている。
──『これで温まって』
東京駅へ行ったら、忍に会えるだろうか。
彼がホルスと知って以来、もし会ってしまったらとばかり考えて、あそこへ近付くことが出来なかった。
二度あることは三度ある。三度目にそこへ行った時、顔を合わせる事はなかったが、確かに彼はそこに居たのだ。
「三度目があったんだから、四度目もあるよね?」
ホルスでバスクの彼は、きっと何か仕掛けて来る──襲撃の予告をされた訳ではないが、何も動きがない事に甘んじているわけにもいかない。自分は何ができるだろうと考えて辿り着いたのが、まず彼との接触を図る事だった。
忍と話がしたいと思う。
綾斗のミーティングは大分長引いて、終業時間を過ぎても会議室の明かりはついたままだった。
京子は夕飯を先に済ませて、自室で彼を待つ。ようやく廊下が騒がしくなった所を見計らって、メールを送った。
『お疲れ様。ご飯食べたら屋上に来て』
『了解』
すぐに既読からの返事が来る。
彼が屋上に現れたのは、陽が落ちて暫く経った八時少し前の事だ。
長官は本部に居るが、コージのヘリはそこにない。
「だいぶかかったね」
「設備の点検も一通り付き合ったから」
「そっか。綾斗もすっかり責任者だね」
綾斗は京子の横に並んで、「まぁね」と振り返る。屋上のライトに映える表情が、少々不安気に見えた。
「さっきの話だけど」
本題に急ぐ彼に、京子は「待って」と足元に並べて置いた二本の缶を掴み上げる。両手に一本ずつの缶チューハイだ。
「とりあえず飲まない?」
「酔っぱらって話できるの?」
「一本だけだから」
綾斗は困った顔をしつつも、「分かった」とその片方を受け取った。
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