206 行こうと思う
敵の襲撃を想定して備え付けられたアルガスの装甲は、記憶のそれよりも何倍もボロかった。
浩一郎と
3年前実際にそれを目にしたのが夜だったせいだろうか。今こうして陽の光の中で見ると、見えていなかった劣化がハッキリと分かる。
「これ、どこまで直した方が良いと思いますか? 無理言えば予算増やして貰えるとは思うんですけど……」
申し訳なさそうに眉をしかめるのは、
どうやらファイルに貼りつけられているのは、修繕の見積書らしい。アルガスも景気が良いという訳ではなく、襲撃時の補修も最低限に済ませていた筈だ。
綾斗は「どうしますかね」と苦い顔をする。長官が居ない今、本部での責任者は京子ではなく綾斗だ。
「こんな状態でもそれなりに働いてくれるなら、このままで良いのかなって思うけど」
「私もそう思うよ。ここで戦闘が起きるって決まってるわけでもないし、今からやっても間に合わないよね」
もしホルスが襲撃して来たら──その事態を想定して急遽訓練は行われたが、実際どうなるかは分からない。
「松本さんがここを襲うなんて考えたくないけど、松本さんだからこそ勝手がわかるって事もあるからね。核の問題もあるし」
「確かに、そうだよね」
核はキーダーの
「修繕っていえば、ホールの壁も強化するって言ってたよね?」
「あぁ、そうだった」
綾斗がハッと思い出して、施設員の男へ苦い顔を向けた。男は「そうですね」と
最近バーサーカーである事を公表した綾斗が、毎日のようにホールで訓練している。ホールの装甲は暴走さえ食い止める程に頑丈だと言われてきたが、流石に彼の力を毎日食らうとそれなりにダメージは残るようで、昨日ついに天窓のガラスが弾け飛んだらしい。
「もう少し強化するよう、
「だったら余計に、外壁の装甲までは回らないね」
建物の特殊設備は技術部の仕事だ。
溜息を漏らしながら、三人でアルガスを見上げる。
「すみません。とりあえずこっちは見送りってことで。長官の意見も聞きたいから、後で事務所に報告します」
「綾斗さんのせいじゃありませんよ。俺たちにとっちゃ綾斗さんの力は心強いんですから。よろしくお願いします」
男は軽く敬礼をしてその場を去って行った。
「心強い、か。私もそう思うよ」
「京子さんだって同じですよ。俺は他のキーダーが居るから、この力を十分に使えるんだと思ってます。ただ、この力をどう生かすかが俺の課題かな」
「生かす……?」
「力が強いって言っても短時間だし、使いどころを見極めないとって事ですよ」
バーサーカーの力は強いけれど、戦闘中ずっと発揮できるものじゃない。
「確かに。ねぇ綾斗──」
京子はふと言い掛けた言葉を飲み込んで、唇を噛んだ。
九州から戻って、ホルスの襲撃どころか何の
自分にやれることはしたいと思って、ここ最近ずっと考えていたことがあった。
ただ、それを彼に言ったら反対されるだろう。だから、黙って行こうか──と
「京子さん?」
黙る京子に綾斗が「どうしました?」と首を傾げた。
──『京子さんは、綾斗さんに隠れてどっか行くってないんですか?』
──『私? ないよ』
前に修司に聞かれて、そう答えた。
あの時は深く考えなかったが、今その言葉が自分に跳ね返ってグリグリと胸を刺してくる。
だから、話さなきゃならないと思った。
「綾斗、私……東京駅へ行こうと思う」
あそこへ行ったら
眼鏡の奥にある綾斗の瞳が、大きく見開いた。
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