205 3年振りの警報

 敵の侵入を告げる警報が鳴り響く。

 アルガス本部の敷地内に二ある巨大なラッパ型のスピーカーが音を発したのは、浩一郎と彰人あきひとの襲撃事件以来、実に三年振りだ。その時の戦いで一度破壊されたものの、問題なく修復されている。

 甲高い音は周辺への警報も兼ねているが、シェイラが侵入した時は鳴らないままだった。


 エアコンの効いたデスクルームから大階段を下りて、京子は他のメンバーと炎天下の外へ出る。


「うわ、暑っ」


 館内放送に従って門の側まで来た所で、京子が感じたままの気持ちを零した。

 美弦みつるも「ですね」とうなずきながら強い日差しに手をかざす。


「昨日まで曇ってたのに、今日に限ってどうしてこんなに晴れるのかしら」

「土砂降りより良いだろ? 訓練なんだし諦めろよ」


 辛口の修司しゅうじに美弦がムッと苛立つが、次の指示が出て二人は持ち場へと散って行った。


「京子さんも気を緩め過ぎないように」

「分かってるよ。けど、最近平和過ぎてまったりしちゃってる所はあるかも」


 綾斗あやとはしっかり仕事モードだ。

 九州から戻って『ホルスの襲撃があるかもしれない』と騒いでいたのは、もう一ヶ月以上前の事だった。

 マサとセナの所に女の子が生まれたと連絡が来て、本部全体が祝福モードになったのも少し前に感じてしまう。

 敵からの音沙汰おとさたは何もなく、緊張感は日に日に薄れていた。


「それが向こうの戦略かもしれませんし」

「うん──」

「とりあえず、俺も行って来ます」


 壁際に待機する消防車を指差す綾斗に、京子も「私も」と付いて行く。

 ホルスとの戦闘に備えて、今日は朝から施設員総出で訓練をしていた。

 もし3年前のような事態になれば大半の施設員は地下シェルターに潜る事になっていて、今こうしてサイレンが消えた地上に残っているのはキーダーと数人の施設員、それに外部から来た消防隊だけだ。


 京子はからの屋上を見上げて溜息をつく。

 訓練を言い出したまことは九州へ行っていた。


「向こうは忙しいって言ってたよね」

「ホルスを警戒するのも大事ですけど、日々の業務をこなすのも仕事ですから」


 佳祐けいすけが居なくなり、桃也とうやも海外へ行ったままだ。

 修司の九州への異動もいったん白紙に戻り、福岡の支部は通常業務に追われているらしい。後任をという話もあるが、ホルスの事を考えるとまだ少ないキーダーを回すことが出来ず、中国支部の曳地ひきちが単発でキーダーの仕事を請け負っているという話だ。


平野ひらのさんが居ない頃は、私たちも良く東北まで行ってたもんね」

「そうですね」


 平野が北陸での訓練を終えて正式に東北支部に着任するまでの間、本部のキーダーが代わる代わるに出張を繰り返していた。


「綾斗さん、よろしいですか?」


 消防車の前で待ち構えた施設員の男が、敬礼して資料を綾斗に差し出す。

 「私も見ていい?」と京子が尋ねると、男は「どうぞ」と苦笑いした。

 箇条書きされた文字と数字が並ぶ資料に京子が眉をひそめると、綾斗が「あぁ……」とこれまた困ったと言わんばかりの溜息を漏らす。


「とりあえず実物を見て頂けますか?」

「分かった」


 施設員の男は建物を仰いで、どこかへ合図するように手を上げた。

 そこから少し間を置いて、ガゥンとどこからか音が響く。何かが動く音が低く続いて、地面に振動が伝わってくる。


 京子には何が起きているか分からなかったが、


「久しぶりに見ますね」


 綾斗の言葉にハッと建物を仰いだ。

 各階ごとの窓を塞ぐように鉄の板がせり上がり、アルガス全体を包んでいく。


「あぁ──これか」


 その存在すら忘れる程に懐かしい光景だ。

 スピーカー同様3年振りに見る建物の装甲は、前回が夜だったせいで印象がだいぶ違って見えた。


 






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