190 ヤスの真実

「7年前──大晦日の白雪よりも後。今アルガスに収監されている安藤律あんどうりつの暴走を防いで、彼は命を落としてしまったの」


 ホルスがバスクの力を欲していたのは、もう10年以上も前からの話だ。

 加賀かがの力に目を付けて、律の恋人だった高橋が声を掛けたらしい。


 二人は戦闘になって、ノーマルの高橋が命を落とした。そこで精神的なダメージを受けた律が暴走を起こしそうになり、加賀が身体を張って止めたのだという。


「だったらヤッさんはその時バスクだったって事か」

「どうやって銀環ぎんかんを外したのかは知らないけど、物理的に壊すことは不可能じゃないから。加賀さんがアルガスを出るきっかけになったのは、通常の任務だったって聞きます。大舎卿だいしゃきょうが出る程じゃないって理由で、加賀さんが選ばれただけ。きちんと任務を終えた彼は、そのままアルガスに帰ってくる筈だった──」

「だった?」

「けど、彼は戻らなかった。逃げ出したのよ」


 その事実をアルガスは隠した。

 まだ解放前の話だ。壁の外へ出た彼を不注意で逃がしてしまった事を他のキーダーに知られてしまったら、続く人が現れるだろうと恐れたのだ。だからアルガスで彼の話はトップシークレットとして扱われている。


「あんな葬式までして、生きてたって言うのか。空の棺桶はそういう意味だったのかよ、ふざけんな」


 高く鳴り響く船の汽笛に重ねて、颯太そうたが語尾を強める。


「7年前って言ったら、20年近く外で生きてたって事だろ? 俺は……何も知らなかったんだな」

「アルガスでも彼が亡くなった情報を得たのは、ここ数年の事なんです」

「そうか──教えてくれてありがとな」


 颯太が声を震わせる。海に向いたその表情は夜の色で隠れているが、彼が泣いているのは分かった。


「颯太さん……」

「なぁ、抱きしめてもいい?」

「……駄目です」


 そうしても構わないと思った。けれど、彼を受け留めることはできなかった。


「だったらそのままそこに居てくれると助かる。男が一人で泣いてたらおかしな奴だと思われちまうからな」


 明るく振る舞う颯太に、朱羽は「はい」と返事した。


 キーダーとしてアルガスに幽閉され解放とともに故郷へ戻った彼は、そこから実家の跡を継いで産婦人科医になったという。

 義理の妹を病で亡くし、甥の修司しゅうじを引き取った。そんな彼には弱音を吐き出せる相手が居たのだろうか。


 暗い海に悲しみを吐き出す颯太へ手を伸ばし、触れる前に引き戻す。

 それ以上何もすることが出来ず、朱羽は彼の横顔をそっと見守っていた。






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