189 7年前

加賀泰尚かがやすたかさんの事をちゃんと話しておこうと思って」


 朱羽あげはの覚悟に、颯太そうたがアルコールで緩んだ目をハッと見開いた。

 やよいが死んで間もなくの頃に彼が朱羽の事務所を訪れたのは、解放以前アルガスに居たという加賀の生死を確かめるためだ。

 彼に関する事はアルガスでシークレット事案になっているが、あの時『NO』としか言えなかった返事を朱羽はずっと後悔していた。見返りとして食べたうなぎの味は、答えに見合っていない気がしたからだ。


「鰻、そんなに美味かったなら今日もそこにすれば良かったな」

「あぁ……」

「まぁ、別の日に行けばいいか。二人きりでな」


 誘い口調はそのままだが、ヤスの名前を出してから颯太が明らかに困惑しているのが分かった。ソテーを切っていた手を止めて、フォークとナイフをハの字に置く。


「仕事としてなら、構いませんよ」

「それでもいいか。けど、アンタがヤッさんの情報をくれようなんて、博打ばくちみたいなもんなんじゃねぇの? バレたらやばいよな?」

「そうだと思います。けど、上が思ってる程影響するような内容でもないと思うし。アルガスで何が起きるか分からない今、何より颯太さんは知るべきだと思うんです」


 今日京子に会うまでは、彼にこんな話をしようなんて思ってもいなかった。

 話した事がバレてしまったら、それなりの処分が下るかもしれない。


「だから、颯太さんの胸に閉じ込めておいて貰えると嬉しいです」

「──分かったよ」

「けど、ここだとうるさいんで、外に行ってから話しますね」

「なら、とりあえず食うか。俺の奢りだから、飲み物でも何でも好きに頼んでくれて構わないぜ」

「ありがとうございます」


 月曜だというのに店内は満席に近い状態で、グループで騒ぐ客も少なくない。ここで話すには内容が重かった。

 程よく酒を飲んでデザートまで食べ終わり、朱羽と颯太は店を出る。


 ショッピングセンターの廃墟とは逆の、都会の夜景が海の向こうに広がっている。

 東京タワーと並んだ『大晦日の白雪しらゆき』の慰霊塔も晴れた夜の風景にその存在感を現していた。


 少し近い颯太との距離を一歩分遠ざけて、朱羽は彼に向けて足を止めた。

 お酒で軽くなったはずの緊張が、また重みを増している。


「颯太さん……」

「今日はデートしたってだけで終わらせてもいいんだぜ?」

「デートじゃありませんから。今更、なかったことになんてできないし」


 加賀の話をするのは規則違反に当たるのは承知している。

 気を使う颯太に朱羽は「良いんです」と首を振った。


「なら、俺は覚悟できてるぜ」

「私は解放前の事は文字でしか知らないから、颯太さんがどんな気持ちになるかは分かりません。加賀泰尚さんは任務でアルガスから出て、帰らぬ人となった──資料上はそうなっていますよね」


 地下の資料庫で調べられるのは、そこまでだ。彼がついた任務の詳細までは記載されていない。

 颯太は「そうだ」と返事する。


「あの時、外での任務があるからとキーダーに志願者を募った。勘爾かんじさんとヤッさんが手を上げて、選ばれたのがヤッさんだった。任務は成功したが、ヤッさんは死んだんだ」

「資料のままなんですね」

「そのまま信じた奴なんて居ないだろうけどな。実際は任務なんかなくて、口減らしか人体実験にでも使われたんじゃないかって囁かれてたし、俺もずっとそうだと思ってた。誰も死体を見てないから、生きていてくれたらいいと思ってたんだ」

「生きていましたよ、彼は」

「──は?」


 ここからはもう引き返すことが出来ない。きっぱりとその事実を告げると、颯太は困惑の眼差しで朱羽を見つめた。


 アルガスには、地下では閲覧できないファイルが存在する。

 真実の白いファイルは、長官の部屋の金庫に入っている。その存在を知るのは、アルガスでもごく一部の人間のみだ。


「だってヤッさんは死んだんだろ?」

「現時点で、という話です。七年前──大晦日の白雪よりも後。今アルガスに収監されている安藤律あんどうりつの暴走を防いで、彼は命を落としてしまったの」


 ホルスへの勧誘を迫った高橋と戦って、その後高橋の死へのショックで暴走しそうになった律を庇ったのが、加賀泰尚だ。





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