179 全部、忍のせい

「君、もしかしてヒデと一緒? バーサーカーなの?」


 『ヒデ』と呼ぶ相手が、ホルスのトップである松本秀信ひでしなの事だというのは理解できる。彼は元キーダーで、バーサーカーだった男だ。

 大舎卿だいしゃきょうたちと同世代の彼よりしのぶの方がずっと年下に見えるが、彼を語る口調はその情報に疑問符ばかり打ちつけて来る。


 それよりも、綾斗あやとがバーサーカーだとホルスには知られたくなかった。

 なのに3度目の忍との再会は、最悪の状況に始まってしまう。


「綾斗さんがバーサーカーって……」

「まだ京子さんにしか話してなかったから」


 何も知らず困惑する修司しゅうじに、綾斗が忍と対峙たいじしたまま「ごめんな」と謝る。

 京子はそんな三人を気にしつつ、足元に倒れた佳祐けいすけへ呼び掛けた。


「佳祐さん……」 


 海岸の白い砂を、赤い色が染めている。

 背中を丸めて横向きに倒れた佳祐の顔は、血の色が失せていた。意識も薄くかろうじて生きている状態だが、そこへ駆け寄る隙を忍が与えてはくれない。

 佳祐の息が絶えるのを、じっと見守らなければならないのか。


 薄っすらと開いたまぶたの奥で、うつろな目がジロリと京子を見上げた。


「きょう、こ」


 ヒューと細い息を漏らしながら、佳祐が声を絞り出す。


「殺せ……って、言われてんだろ? このままかせてくれ」

「けど……」

「けどじゃねぇよ」


 まことから佳祐の粛清しゅくせい命令を受けたが、京子はまだ何もしていない。

 このまま待てば、彼は息をしなくなるだろう。けれど、どこかに助ける手立てはないかと考えてしまう。


 そんな京子に、手を血の色で染めた忍が「駄目だよ」と笑い掛けた。


「上の命令には従わなきゃ。佳祐を殺せって言われてるんだろ? だったらひと思いに逝かせてあげなくちゃ可哀そうだよ。言葉や想いをあの世になんて持って行けるわけじゃない。なぶり殺しなんて、優しさでもなんでもないよ」

「そんなつもりじゃ……」


 佳祐を苦しめようなんて考えている訳じゃない。

 忍の言葉が分からなくはないが、今ここで止めを刺すことはできなかった。


 綾斗は取り乱しそうになる京子を「落ち着いて」となだめて、忍に視線を返す。


「馴れ馴れしいな」

「そう? 普通だけど?」


 綾斗の怒りを沸々と感じる。普段クールだと言われる彼だが、忍を見る目も声も、いつもの何倍も冷たかった。


「この人が駅で会ってた人?」

「そうだよ。彰人あきひとくんがホルスだって言ってた」


 以前忍と会ったのは、二度とも冬の東京駅だった。

 青いシャツのスーツ姿だった彼は、今ジャケットとネクタイを外し、袖を肘まで捲り上げている。香水の匂いも、茶色の髪から覗く片耳だけの金色のピアスもそのままだ。

 忍は私服姿の綾斗を足元から見上げて行き、ニヤリと歯を見せた。


「君、もしかして京子の恋人?」

「そうだって言ったら?」

「へぇ。バーサーカーのカレシか。強い男に惹かれるって、何か分かるな」


 軽快に笑う忍に、不信感は否めない。

 そして彼は思わぬことを口にする。


「遠距離の彼──じゃないよね。京子は可愛いからさ、また次ができるんだろうっては思ったけど、ちょっと意外だな。俺はてっきり、この間駅で抱き合ってた超絶イケメンの彼だと思ってたよ。アレに勝ち目はないって思ったけど、意外と普通の所に収まったね」

「余計なこと言わないで下さい!」


 東北からの帰り、東京駅に湧いた気配から彰人に庇われた時だ。

 ピシャリと返す京子に、忍は「怒らないでよ」と眉を下げる。


「やっぱり、あの時の気配は忍さんだったんですね?」

「まぁね」


 そういえば昔、浩一郎も夜の公園で攻撃を仕掛けてきたことがあった。


 彰人との一連を忍に見られていた。京子にとってはこれで次の話題へ行って欲しいところなのに、『そうか』と聞き流す綾斗じゃない。


 こんな時に面倒なのが、修司の存在だ。


「京子さん、彰人さんと抱き合ってたんですか!」

「そうじゃないよ。ややこしくしないで!」


 「京子さん?」と振り向く綾斗の目を、すぐには見れなかった。

 全部、忍のせいだ。




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