178 隠すことはできない

綾斗あやとさん!」


 想像もしていなかった彼の登場に、状況が好転したかのような錯覚が起きる。

 しかしそれは一瞬の無駄な期待に過ぎなかった。


 佳祐けいすけの背後にまた別の人影が入り込んで、彼の胸を背中から細い光で貫いたのだ。


 京子の正面に血が弾けて、赤く染まった切っ先が目の前で制止する。

 バシャリとほおに跳ねた雫は気味が悪い程に生温なまぬるく、京子は息を詰まらせたまま手の甲を滑らせた。べったりと張り付くのは、濃い色の赤だ。


「ぐ……」


 目をいた佳祐が立ったままの姿勢で身構えるが、そこから何かができる状態ではなかった。

 京子は驚愕すらできないまま、彼の背後に目を向ける。佳祐の巨体と逆光でハッキリとは見えないが、そこに誰が居るのか予想はついた。

 太陽の熱に立ち込める血の匂いに、覚えのある香水の匂いが混じっていたからだ。


「佳祐、ペラペラとしゃべるなよ」

 

 久しぶりに聞いた声だ。彼も結局は能力者だったらしい。

 佳祐は歯を食い縛って歯茎を剥き出しにするが、噛み合った歯が震えてガタガタと音を鳴らした。


「忍さん!」


 今朝彰人あきひとに彼がホルスだと聞いてから、京子の頭の中で二度会った時の記憶が何度も繰り返されていた。


 確信を持って呼び掛けると、能力で生成した刃を手放し佳祐の横へ姿を現す。

 彼の登場に「あっ」と声を上げたのは、修司だ。


「東京駅で、京子さんと一緒だった奴……」


 修司が駅で見掛けたという男が彼だという予想はしていた。

 忍がこのタイミングで現れた理由は何だろうか。もしかしたらずっとこちらの様子を見張っていて、修司の感じた視線も彼だったかもしれない。


「京子、やっと会えたね」


 今起きている事態を物ともせず、忍は冬に会った時と同じように清々すがすがしい程の笑顔をくれる。


 けれどそれは雷の落ちる直前のような、弾ける光に遮られた。

 波のように幾度と押し寄せる強い気配は、普段見せない彼の本来の威力だ。銀環ぎんかんをしたキーダーでは出せない域の熱量だ。


 綾斗がバーサーカーだという事がバレる──? そんな事を考えると、案の定事情を知らない修司が「凄ぇ」と戸惑いさえにじませた。


 振り落とされた光の攻撃を寸でで避けた忍は、佳祐の背後へ跳び退すさる。


「おっと──危な」


 離れた位置に片足から着地して、忍はくるりと向きを修正した。


「君が急かすから、急いじゃっただろ? もう少し粘るつもりだったのに」


 綾斗は「下がって」と京子の正面に入り込む。


「綾斗、気を付けて」

「分かってる」


 挑戦的な目で綾斗は敵を睨んだ。

 一方で佳祐が悲痛なうめき声を響かせる。胸を貫いたままの刃が溶けるように霧散し、かせを失ったように巨体が地面へ崩れた。


 状況は最悪だった。

 戦闘態勢の綾斗に対し、忍は「マジかよ」と愉悦ゆえつを返したのだ。


「君、もしかしてヒデと一緒? バーサーカーなの?」


 恍惚こうこつとした目が、冷ややかに綾斗を見据えていた。




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