177 一人、もう一人

 キーダーにとって仲間を殺すことは最大のタブーだ。もしその罪を犯せば粛清しゅくせい対象──別のキーダーに命令が下り、仲間の手によって処刑される。


 力を持つキーダーの統括をと考えれば妥当だと思うし、遂行すいこうされる未来なんて想像もしなかった。

 現に、アルガスに在籍するキーダーは皆まぁまぁ仲が良いと思っていたのは事実だ。


「甘かったのかな」


 なのに現実はやよいを殺したのが佳祐けいすけで、彼は最初からホルスの人間だったと告白した。

 佳祐の処刑をまことから命じられた京子は趙馬刀ちょうばとうを構えるが、いまだにやりきれない想いが体中をぐるぐると渦巻いている。

 この処刑に納得できるような言葉がもっとたくさん欲しかった。


「佳祐さんがホルスなのは、向こうへの潜入捜査とかではないんですか?」


 佳祐はキーダーの中でも、サードの一人だと言われている。信頼も厚い彼がどうしてホルスにいるのか。

 もしやと思って尋ねてみたが、佳祐はあっさりと否定する。


「そういうのは監察かんさつの仕事だろ? 逆なんだよ。妹が死んで自暴自棄になった俺に、ホルスの奴が近付いてきた。俺は、銀環ぎんかんなんてない世界をやり直したかったんだ」

「それは……」

「無理なのは分かってる。だから、俺みたいな奴が二度と現れない世界を見たいと思った」


 どこかで聞いたことのあるセリフだと思って、すぐにそれを思い出す。

──『俺みたいな人間を増やしたくないって思う。だから、そうならない為に何かできたら……そんな仕事がしたい』


桃也とうやも、同じ事言ってました。桃也は佳祐さんがホルスだって知ってるんですか?」


 桃也が『大晦日の白雪』を起こしたのは、佳祐の事件よりも後だ。

 彼は意思を反した暴走でバスクに後悔させたくないという思いでキーダーになった。


 桃也は監察員になってから九州に居る事が多く、佳祐と仕事をする事もあると言っていた。少なくとも桃也は佳祐を慕っているように見えたが、実際はどうだったのだろうか。


「どうだろうな」


 佳祐はずっと丸腰のまま、含むように笑って見せる。


「アイツは勘が良いから薄々気づくだろうっては思ってた。俺とアイツの境遇は似てるのかもしれねぇが、俺はアイツみたいに前を向けなかった。俺も京子みたいな奴ともっと早く出会ってたら、未来は変わってたのかもしれねぇな」

「今からはやり直せないんですか?」

「遅ぇんだよ」


 佳祐は刃を震わせる京子を相手に、身一つで両手を横に広げる。


「最後にお前に殺られるなら本望だ」

「……何で」


 どうしてこんなことになってしまったのだろう。

 頭は全然納得してくれないが、もうこれ以上伸ばすことはできない。


 ──『目の前に敵が居たら躊躇ためらうんじゃねぇぞ?』

 前に佳祐から言われた言葉は、この日を予期していたのだろうか。


 しかし京子が渾身の気配を強めるのと同時に、遠い背後でもう一つの気配が湧く。


 京子や佳祐の力をも凌駕りょうがする殺気立った気配に、京子は全身を震わせた。


 敵か、味方か──後者であって欲しいと振り向いたのと同時に、修司がその登場に歓声を上げる。


綾斗あやとさん!」

「え……?」


 想像もしていなかった相手に、流れが変わったかのような錯覚が起きる。

 しかしそれは一瞬の無駄な期待に過ぎなかった。


 彼の顔を確認するよりも先に、今度は佳祐の背後にまた別の人影が入り込む。

 その同時多発的な状況に予測が付けられないまま、佳祐の胸を背中から細い光が貫いたのだ。




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