176 処刑命令

 アルガス長官・宇波誠うなみまことからの着信が鳴る。


『そこに一條佳祐けいすけ君が居るでしょう?』


 スマホの奥から聞こえた彼の口調は、いつも通りの穏やかなものだ。けれどそこから続いた言葉は、京子の悪い予測を否定してはくれなかった。


『彼を処刑して下さい』


 やよいの死が能力死だと聞いてから、いつかこんな状況が来るかもしれないと覚悟はしていた。

 ただ相手が佳祐だなんて考えたくもなかったし、その役目を自分がこうむるのは避けたいと思っていたのも事実だ。


「私……なんですか?」

『あぁ。手段は君に任せるから、頼んだよ』


 ただ淡々と告げて、誠は一方的に通話を切った。

 「京子さん?」と修司しゅうじは状況を飲み込めない様子で佳祐を警戒しているが、当の本人は「来たな」と笑顔さえ見せる。


「佳祐さん、私……」

「やれよ」

「そんな──本当なんですか? 本当に佳祐さんがやよいさんを……」


 彼の妹が死んだ時の事を聞いて、益々ますます彼が犯人だなど思いたくなかった。

 ブンと首を横に振る京子に、佳祐は「いいんだ」と目を細める。


「私には、佳祐さん達が仲良さそうに見えましたよ?」

「見えただけだろ? 頭の中で何考えてるかなんて、誰にも分りゃしねぇんだよ。やよいを殺したのは俺だ。俺を殺す理由なんてそれだけで十分だろ?」


 感情のない顔で真実を吐いた佳祐は、頬の傷を指先で撫でる。


「俺はホルスとして仕事しただけだ。だからお前もキーダーの仕事をしろ。この傷はな、さっき久志ひさのヤロウに付けられたんだよ」

久志ひさしさんがこっちに居るんですか? まさか──無事なんですよね?」

「どうだろうな。殺したつもりはねぇが、今頃山でぶっ倒れてんじゃねぇのか? アイツが長官にチクったんだろうからな」


 久志が今ここに居ない理由が、佳祐の言葉のままであって欲しい。


「山って、もしかして今日行く筈だった訓練場ですか? 向こうに久志さんが居るから、私たちは今日ここに来たって事ですか?」

「いや、そうじゃねぇよ。最後に海が見たくてな」


 まだバスクだった頃の彰人あきひとに、相手が敵だと判断したら非道になれと言われた事がある。

 あの時も、アルガスを襲撃してきた彼と全力で戦えた自信はない。


 どうして仲間だと思っていた人間が、突然敵になるのだろうか。


「京子さんがやらないなら、俺がやりますよ」


 すぐ後ろで趙馬刀ちょうばとうを発動させる音が響く。

 見兼ねた修司が前に出るが、京子はそれを断った。

 辺りに目をくれると、まるでこの時に合わせたかのように一般人の姿は無くなっている。


「いいよ、私がやる」


 手を汚すのは年長者の仕事だ。

 こんな時に蘇るのは、やよいを殺されたうらみよりも楽しかった思い出だけれど。


「佳祐さん、私は──」


 腰から抜いた趙馬刀を構える。

 いつもより大きくしなる刃は、京子の覚悟だ。



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