175 長官からの電話

 佳乃かのの母親がキーダーに助けられたという爆発事件を探って、朱羽あげはに連絡を取ったのはついこの間の事だ。

 アルガスの中でも機密資料に触れている彼女は、15年程前に高松で暴走事件が起きた事と、犯人とその他で亡くなった人間が複数居る事を教えてくれた。

 ただ遺族の希望とやらで詳細が殆ど残されていないらしい。


 佳祐の話を聞いて、すぐにその話を思い出した。

 なのに、佳乃の母親を助けたキーダーが佳祐だという武勇伝に舞い上がってしまい、彼の妹の死をそこに繋げることが出来なかった。


 ──『銀環ぎんかんさえなければ、俺は妹を守れたかもしれない』


 彼の後悔は、その一点に尽きるだろう。


「あん時の俺は力を使えた訳じゃねぇが、兆候ちょうこうはあったんだ。もし銀環さえしていなけりゃ、あの光を跳ね返せたかもしれねぇって考えると、そこから抜け出せなくなっちまう」

「けど銀環をしていなかったら、佳祐さんが暴走していたかもしれないんですよ? 桃也とうや……みたいに」


 バスクだった桃也は強盗に家族を殺され、暴走を起こした。それが『大晦日の白雪しらゆき』だ。

 銀環を付けたキーダーが力をはっきりと覚醒させるのは18歳前後だというが、銀環の抑制がないバスクは、15歳よりも前にその力が現れる事があるという。


 能力者の力は、感情に左右されることが多い。跳ね上がった力のコントロールを失ってしまう状態が『暴走』だ。

 暴走を起こさない為の銀環を、佳祐は今どんな思いではめているのか。


「桃也のように、か。俺もなったかもしれねぇな」


 佳祐は自嘲じちょうして、胸の前に持ち上げた銀環に目を細める。


久志ひさしはな、銀環を『大切な人を守る道具』だって言うんだぜ。俺はこれのせいで妹を守れなかったのに」

「ずっとそんなこと思ってきたんですか?」

「俺は同期組あいつらを仲間だなんて思えなかった」

「佳祐さんは……キーダーの敵なんですか?」


 やよいの事件は、しのぶが犯人なのではないのか。

 忍が敵でホルス──それで納得したつもりだった。なのに佳祐はすぐにその返事をくれない。


 ずっと後ろで話を聞いていた修司が、しびれを切らして前のめりに尋ねる。


「佳祐さんの頬の怪我は、どこで付いたんですか? さっきは冗談で言ったけど、女性じゃないですよね? 朝会った時の佳祐さんの気配は尋常じゃなかった。佳祐さんが俺たちの敵だって言うなら、戦った相手はキーダーの誰かなんですか?」

「やめとけよ。勘が良い奴は苦労するぜ」


 佳祐の表情から笑みが消えている。刺すような視線が修司を捕らえていた。

 佳祐を縛り付けていた鎖が少しずつ解けていくように、彼は更にその事実を語り出す。


「修司、お前が強いからって松本さんが言ったんだよ。だから俺はお前を仲間に引き入れようと、ここに呼んだんだ」

「それって──」


 佳祐の冷ややかな声と話にビクリと震えて、京子は修司を背中に庇う。

 この間どざえもんを見た後、修司と二人で松本に会った。あの一連の出来事で、松本が修司を評価したというのか。


「どうして松本さんと佳祐さんが繋がっているんですか?」

「これだけ言えば分かるだろ? 俺はホルスの人間なんだよ」

「そんな。じゃあ、やよいさんを殺したのは──」

 

 聞きたくない質問を勢いで投げ付けた所で、京子のスマホがポケットで震えた。

 いつも通りの着信なのに、嫌な予感がしてならない。


「大事な用なんじゃねぇのか?」


 佳祐の視線が冷たい。まるでその電話の内容を確信しているかのように聞こえてくる。

 「すみません」と鳴り止まない電話の相手を確かめて、京子はハッと佳祐を見上げた。

 アルガス長官・宇波誠うなみまことだ。


 「嫌だ」と声を震わせて、京子は一度遠ざけたスマホをジリジリと耳に近付けながらボタンを押した。


田母神たもがみくん』


 手元で響いた誠の声を拾うように耳を当てる。


「はい。長官、どうしましたか?」

『おはよう。出てくれて良かったよ』


 いつもと変わりのない声だ。

 けれどそのままの穏やかな口調で、彼は京子が予測したままの言葉を言い放った。


『そこに一條佳祐くんが居るでしょう? 彼はホルスの戦闘員で、如月くんを殺した犯人です。仲間を殺すのはアルガスでは禁忌だ。だから、一番側に居る貴女に任せます。彼を処刑して下さい』




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