171 別れの言葉

 戦いは、ほぼ互角──けれど、戦闘開始から一分と経たぬ間に久志ひさしが倒れた。


 佳祐けいすけの攻撃は躊躇ためらいなく久志の足を狙う。切断さえ防いだが、その圧倒的な打撃に太腿が嫌な音を立てて踏み込みの感覚を消失させた。

 久志は体勢を崩して、そのまま地面に崩れる。


 伸ばした右手で、足がある事を確認する。骨が折れたのだと理解した途端、痛みが全身を貫いた。

 

「グハァァァ!」


 衝撃を逃すように叫んで、久志は光を放つ。

 立つことはできないが、能力で戦闘を続けることは可能だ。

 ただ、相当に分は悪い。


ひさめようぜ」 


 佳祐は攻撃を弾いて、疲れたように笑う。ジリジリと近付いた足が久志をまたいで、馬乗りに腰を落とした。

 力任せに身体を捻るが、体格も重量も違う佳祐から逃れる事は出来ない。惨敗だ。

 脚の痛みが響いて、頭が朦朧もうろうとしてくる。

 閉じそうになる瞳を必死にこじ開けた。


「だから甘いって言ってんだよ。お前はいつだってそうだ。俺を敵だと思ってねぇ。だから最後の最後で手を抜くんだろ?」

「手なんて……抜いてないからな?」


 ただ、心のどこかで殺したくないとは思っていたのかもしれない。


「下半身がお粗末なのは、やよいの事ばっか考えて鍛錬サボったせいなんじゃないのか?」


 反論もできなかった。この二ヶ月、基礎鍛錬は欠かさずしていたつもりだが、どうしてもやよいがチラついてぼんやりしている事も多かった。

 けれど、それを理由にはしたくない。


 痛みから意識を外して、弱まった力を佳祐へ集中させる。

 趙馬刀ちょうばとうはどこかへ飛んで行ったままだが、彰人あきひとを真似て作った光の刃が、手中から佳祐の顔面へ伸びた。

 一瞬の攻撃は、佳祐の頬に赤色の筋を付けてパァッと霧散する。


「俺は本気だぜ。お前相手に手ぇ抜いたら負けるって分かってるからな」

「佳祐……」

「俺がもう生きていられねぇ事くらい分かってんだろ? 殺せよ。俺がマサの力を奪って、やよいを殺したんだ。全部気付いたお前を褒めてやる。もう同情なんて欠片も浮かばねぇだろ?」

「どうして……? どうしてそんなことできるんだよ。僕は三人と居て本当に楽しかったんだ。佳祐は違うの?」


 キーダーは規則を守らなければならない。

 誰かがやるなら自分がやらなければならない──そう思ってここへ来たのに。


「僕が甘いなんて分かってるよ。けど、佳祐に死んで欲しくなんかないんだ」


 久志は腹の上にある佳祐のシャツを力なく掴んだ。誰かにこの事態を伝えたいと思うけれど、どうすることもできない。

 佳祐は「馬鹿だな」と笑って、腕時計を確認した。


「最初から敵だったって言っただろ? もう別れを惜しんでる暇はねぇんだよ。お前はこのままここで寝てろ」


 佳祐の右手が容赦なく久志の目元を覆う。


「うわぁぁあああ!!」


 溢れた気配に死の予感が全身を走って、大声で叫ぶ。


「やめろ、佳祐……」


 もがく暇さえ与えてはくれずに、


「やよいが死んだ時、お前を疑うような事言って悪かったなと思ってる。じゃあな、久。俺も楽しかったぜ」


 意識が遠退く瞬間、佳祐の声が耳の奥に響いた。




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