169 一つだけ光っている

 もうすっかり空が明るくなって、演習場は徐々に気温を上げていく。


「じゃあ聞くけど、マサの力を消したのも佳祐けいすけなんじゃないの?」


 10年前に感じた違和感。

 佳祐を睨んだ久志ひさしの目から、細く涙が流れ落ちた。


「……はぁ?」


 返って来た返事は、息が零れ落ちるような重い疑問符だ。

 けれど佳祐の表情に、一瞬動揺が混じったのを見逃さなかった。


「僕はマサが力を無くした前の日に、アイツが誰と会ってたか知ってる。あの時僕は東京に居たんだよ」


 その頃まだ中国支部に居た久志は、埼玉の実家へ帰省する為に広島から東京へ行っていた。

 まだキーダーで本部所属だったマサとの再会に喜んで、待ち合わせたカフェで仕事の話や曳地ひきちの愚痴を語ったのを覚えている。

 マサは夜に佳祐に会うと言っていた。久志も久しぶりに三人でと思ったけれど、帰省の目的が親戚の法事で抜けるわけにはいかなかったのだ。

 無理をしてでもという考えもよぎったが、場所が居酒屋だと言われてはどうにもならない。1年若い久志はまだ19で、自分だけ飲めないという疎外感そがいかんをひしひしと感じていた。


『僕がこっち居る事、佳祐には言わないでよ? 僕をさかなに酒を飲むなんて冗談じゃないからね?』


 別れ際、マサにそんなことを言った気がする。楽しそうな二人を想像してしゃくに障ったからだ。

 だから、佳祐はその事を知らない筈だ。


 久志は覇気のない口調で、その時の事を淡々と語っていく。


「数日経って、マサから力が無くなったって聞いた時は驚いたよ。まさかとは思ったし、10年経ってもそのままだなんて想像もできなかった」

「…………」

「力がない事を自覚したのがあの日の翌日だって聞いて、僕は真っ先に佳祐を疑ったよ。けどマサがそんな事ある訳ないって言ったんだ。僕だって本当に佳祐がやったなんて思いたくないから、それ以上聞かなかった。二人とも僕にとっちゃ大切な人だからね、記憶の底に沈めたんだ」


 もう半分忘れかけていた事なのに、やよいの件が起きて脳裏に浮かんだのはその記憶だった。


「気持ちが治まらないんだ。ねぇ佳祐、僕がマサを問い詰めてたら、やよいは死なずに済んだんじゃないの?」

自惚うぬぼれんなよ。やよいが死んだのは、お前のせいじゃねぇだろ?」


 唇がガタガタと震える。

 やよいの死を食い止めることが出来なかった。

 どこかで何かの異変に気付くことが出来たら、今見ている世界は変わっていたのかもしれない──そればかり考えてしまう。


 「くそぅ」と吐くと、佳祐は「分かったよ」と額に流れる汗を拭った。


「そんなに俺を犯人にしたいなら、言ってくれ。九州に居た筈の俺が、お前に疑われなきゃならない理由をな」


 今佳祐が何を考えているか分からなかった。

 観念したようには見えないが、犯人は9割方佳祐で間違いないと久志は思っている。


「僕は、やよいが煙草を吸ってるなんて知らなかった。しかも、昔佳祐が吸ってたのと同じ銘柄だよ? こんな事言いたくないけど、やよいは佳祐が好きだったんじゃないの?」

「馬鹿言うなよ。アイツは旦那も子供もいんだろ? それに煙草はマサの野郎も真似してたじゃねぇか」

「分かってるよ。だからこそ、僕には吸ってる事隠してたんじゃないかな」


 同期組の四人の中で恋愛事は一切なかった。それがずっと4人で居られた理由だと思う。

 ただ、やよいは佳祐と居る時、少しだけ様子が違うと思った事は何度かあった。


「色々調べても佳祐からは何の証拠も出なかったのに、一つだけ違和感を感じる事があったんだ。そこを突き留めたら、もう──佳祐しか居なかった」

「違和感だと?」


 佳祐の鋭い視線が飛んでくる。

 久志は自分のスマホを出して、黒いアプリのアイコンを叩く。桜の紋章が入ったそれは、アルガスでも特定の人間しか開く事のできないものだ。

 画面いっぱいに福岡の地図が現れて、その中心に白い点が1つだけ光っていた。


銀環ぎんかんのGPSだよ」


 キーダーの銀環に組み込まれたGPS機能は精度が低めに作られている。着けた本人の位置情報が大雑把でしかないのは、キーダーにもプライベートがあるからという技術部の配慮からだ。


 もし佳祐が犯人なら──そんな考えが答えを出すきっかけだった。

 九州から北陸とは言え、ヘリや飛行機での移動はどうにでもなる。犯人として重要なのは、いかにして銀環の位置情報を改ざんするかだ。


 生憎データは当日分しか残らず、その日の行動を振り返る事は出来ない。

 やよいの死が能力死だと分かってから、GPSや行動記録を技術部員に見張って貰ったけれど、おかしな動きをするキーダーはいなかった。

 けれど。


「他の奴等の目は誤魔化せても、僕を騙すことはできないよ?」


 ここ数日の佳祐の行動を見ただけで、納得するには十分だった。

 久志はスマホ画面の光を指差してその事実を告げる。

 アルガスのシステムはメンテナンス中だが、久志のスマホだけは特別仕様になっていて操作することできる。


「これは佳祐の光だよ。今朝長官に許可を取って、銀環のGPSを切断したんだ。なのにどうして一つだけ残ってるの?」


 福岡に今いるキーダーは四人だ。

 なのに、そこに光る点は一つしかなかった。







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