168 最後の切り札

 胸の中に沈めた過去を、佳祐けいすけに話したくはなかった。

 けれどもう自分一人で抱えておく時期はとっくに過ぎていて、久志ひさしは奥の歯を強く噛みしめる。


桃也とうやは海外で、普段こっちに入り浸ってる長官も今は本部に居る。佳祐はそれを狙って、修司を呼んだんじゃないの?」

「想像で物を言うなよ。バスク上がりを北陸以外で訓練させるなんてのは今までにない事だろ? 一度こっちを見てから本人に決めさせても良いんじゃねぇか?」

「ウチ以外で修司を預かろうなんて、僕は認めないけどね」

「何が言いてぇんだよ。京子だってこっちに来てるんだぜ?」

「佳祐が何をしようとしてるかなんて分からないよ。けど、あの時もそうだったじゃないか」


 数歩分離れた佳祐との距離を、久志はゆっくりと詰めていく。足元が悪いせいで、一歩一歩にギシと土の音が鳴った。


「あの時って何だよ」

「やよいが死んだ時だよ」


 状況がそっくりだと思った。

 タイミングを作ったか選んだのかは分からないが、外野の居ない状況でまた何かが起きる気がしてならない。


「マサが本部に行ったあの夜、北陸支部ウチの食堂の空調が壊れて、僕は夜中まで修理してたんだ。念動力を使えば、あのくらい外からだって壊せた筈だ。あれって佳祐がやったんじゃないの?」

「空調? 知らねぇよ」


 本気で言ってるのか、とぼけているのか。一瞬佳祐のまぶたが揺れた気がした。

 ふところまで入り込んで、少し首が痛くなるくらいに佳祐の顔を見上げる。体格もまるで違う彼は、壁のようだ。


「考察ばかり並べても仕方ないけどさ、これだけはハッキリしておきたいんだ。やよいが倒れていた場所に、空間隔離くうかんかくりの跡が残ってた。僕にもできない訳じゃないけど、あれだけの広さを張れるのは特殊能力ってやつだと思う」


 佳祐が特殊能力の持ち主だなんて聞いたこともないけれど、他に思い当たる人間なんて誰も居なかった。

 九州と北陸で距離はあるが、ヘリや飛行機を使えばそこまで難しい移動じゃない。

 それとも協力者が居るのか。


「結局、佳祐はホルスなの?」

「だとしたらどうすんだよ」


 したたかに答える佳祐の挑発的な視線に、久志は「やめてよ!」と声を荒げた。

 ホルスかと聞いたのは半分冗談だ。けれど半分は疑っている。


「否定してくれって言ったでしょ? 僕は佳祐が敵だなんて思いたくないんだよ!」

「いちいち騒ぐんじゃねぇよ!」

「佳祐!」


 怒号を降らせる佳祐に掛ける言葉は、もう辛い未来を予測させるものしか残っていない。

 自分の出した答えをくつがえしてほしくて埋め切れていない答えを探ろうとするのに、深まった溝は消えるどころか更に深く広がっていくばかりだ。


 最後の切り札を出してしまえば、もう後戻りはできない。

 けれどやよいが死んだ今、それを再び胸に籠らせることはできない。

 真実を受け入れて、前に進まなければならないのだ。


「じゃあ聞くけど、マサの力を消したのも佳祐なんじゃないの?」


 10年前に感じた違和感。

 佳祐を睨んだ久志の目から、細く涙が流れ落ちた。




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