154 美弦のキモチ2

「無理してるんじゃない?」


 二葉ふたばの言葉が胸に響くのは、自分でもそれを自覚しているからだ。

 いつもなら『違う』とはっきり言い返せるのに、返事ができないまま美弦みつるは唇を噛みしめた。


「…………」


 少し前から京子と綾斗あやとが付き合い始めた。

 大っぴらにじゃれ合っている訳でもないのに、仲が良さそうな姿を自分と比べてしまう事がある。前のような辛そうな京子を見るよりは余程マシだけれど、嫉妬している自分にも気付いていた。

 滞っている修司の北陸行きも、そんな気持ちに追い打ちをかけているのかもしれない。


「大丈夫……だと思ってる」

「なら良いけど。ねぇ美弦、私と知り合ってから何人の男子が貴女に告白したと思ってるの?」

「はぁ? いちいち覚えてないよ」

「覚えていられるような人数じゃなかったものね。けど、そんな貴女を射止めたのが今の彼なんでしょ? どこが好きなのよ?」

「射止めた、とか寒気がするからやめてよ。どこがって急に聞かれても……」


 美弦はブルブルっと体を震わせて二葉をキッと睨むが、本人は余裕の笑みを浮かべながらアイスティーをストローでちまちまとすすっている。

 可愛さアピールなのか分からないけれど、好きでもない不特定多数へ向けてどうしてそんな事をするのだろうか。

 ただ食いつく方も食い付く方で、周りの席の男子はさっきからずっと彼女に夢中だ。


「だって高校の時だって彼の事全然話してくれなかったじゃない。キーダーだから付き合ってるわけじゃないでしょ?」

「そりゃあ……多分ね」


 修司を好きな理由を──すぐに答えることが出来なかった。

 押し黙る美弦に、二葉がストレートな質問をしてくる。


「彼が好き?」

「──うん」


 はっきりと答えられるのはそれだけだった。

 アルガスの拷問部屋に居る気分だ。


「なら、御曹司おんぞうしの話は断っておくわよ」

「うん、ごめんね」


 もう少し粘られるかと思ったが、二葉はあっさりと諦めて細いストローをクルクルと回す。氷が溶ける音がカラリと響いた。


「けど良かった。入学式の時髪が短くなってたから、失恋でもしたのかなって心配したんだから」

「失恋して切ったんじゃないよ。ただ、大人っぽくなりたかったから──」

「似合ってる」


 ふふっと笑って、二葉は頷く。

 高校に入って伸ばした髪をずっとツインテールにしていたが、大学入学と同時に肩の長さにバッサリ切った。流石に大学生でそれはマズいだろうと思った結果だが、よくよく考えてみると、これは初めて修司に会った時と同じ長さだ。


「そういう二葉は彼氏居るの? 好きな人とか」

「居るわよ。一つ年下の受験生。医大志望なんですって」

「嘘! それってもしかして──」


 幾ら鈍い美弦でも、それだけで相手が誰かは分かる。

 食い付くようにテーブルの縁を握り締める美弦に、二葉は唇を尖らせて「そうよ」と気恥ずかしそうに目を逸らした。


銀次ぎんじくんと会っていないんじゃなかったの?」

「会ってないわよ。連絡もしてない。受験生だし、今はそんなタイミングじゃないと思うから。けど、諦めた事なんて一度もないんだから」


 まさか二葉の気持ちがいまだに銀次へ向いているとは思わなかった。

 先日アルガスの廊下ですれ違った時、彼と挨拶したばかりだ。

 銀次がこの一年で色々あった事を二葉は知っているのだろうか──いや、彼は恐らく話していないし、二葉をどうのという気持ちはないだろう。


「銀次くん忙しいだろうし、確かに今は頻繁に連絡しても嫌がられちゃうだろうね。けど、私応援するよ?」

「ありがとう。美弦も彼と仲良くするのよ? ストレートな気持ちを伝えるのも大事だけど、怒鳴り散らしてばかりいたら相手も冷めちゃうから。しおらしい所でも見せたら、コロッとなるんじゃない?」

「しおらしく……」


 自分には縁のない振る舞いだと思う。

 言葉としては理解できるが、実際にどうすればいいのだろうか。


 「分かった」とだけ答えて、美弦はぐるりと首をひねった。


 二葉と別れた後に修司を呼びだしたのは、単純に会いたかったからだ。

 同じ宿舎に住んでいると、外で待ち合わせする機会は滅多にない。学校とアルガスのちょうど間にある駅を指定して、改札の外で待つというシチュエーションが新鮮だった。


「しおらしく……」


 呪いの呪文のように繰り返しながらまだ青い空を見上げると、程なくして修司が現れた。



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