153 美弦のキモチ1

美弦みつる、帰りにお茶でも飲みに行かない?』


 学部の違う二葉ふたばからそんなメールが届いた時から、嫌な予感はしていた。

 それでも『OK』の返事をしたのは、入学式以来彼女と顔を合わせた記憶がなかったからだ。

 高校では一緒に居る事が多かったが、大学へ上がってからはまるで接点がなく構内で見掛ける事もまずなかった。


「久しぶり。キーダーの彼とは仲良くやってるの?」

「たまに会った友人相手に、一言ひとこと目がそれ?」


 大学近くの喫茶店で待ち合わせして、二葉は遅れて来るなりそんな事を聞いて来る。

 高校時代も恋愛話の尽きない女だったが、スキのない化粧も他人の恋愛への好奇心も相変わらずだ。


「だってずっと気になってたんだもの。美弦って可愛いのにキツいでしょ? やっとできた彼とうまくやれてるのかなって」

「『やっと』とか、余計なお世話よ。ちゃんとやってるわ」

「そう? 言いながら面白くなさそうな顔してるけど?」


 二葉は甘ったるい声で猫っぽく笑って、美弦の額をピンク色のネイルが施された人差し指でぐっと突いた。力なんて殆ど入っていないのに、小さな衝撃が胸に響く。


「……そんなことないもん」


 先に頼んでおいたココアが運ばれてきて、美弦はムスッとしたままスティックシュガーを二本足した。


「また甘いもの飲んでる。美弦はまだまだ子供ね。あ、私はアイスティーをお願いします」


 席の横を通った男性店員に、二葉は声色を変える。久しぶりにこの声を聞いた。


「うわ……」


 本音を詰め込んだ声が漏れてしまうが、彼女は冷めた視線に動じる事もなく「ねぇ」と頬杖ほおづえを突いて顔を乗り出してくる。

 二人用の狭い席で向かい合う距離がぐんと縮まって、美弦はソファに背中を貼りつけた。


「何よ」

「美弦の事気になるって男の子が居るんだけど、会ってみない?」

「何それ。また龍之介みたいに、キーダーに会いたい系?」

 

 朱羽あげはの所に居るノーマルの龍之介とはそんな出会いだった。

 あの頃バイトが一緒だった銀次ぎんじを二葉が狙っていて、キーダーに会いたいという龍之介との仲介役を買って出たのだ。

 二葉は銀次を相手に大分熱を上げていたが、向こうがバイトを辞めてからは連絡していないらしい。


「そうじゃないわ。美弦の事好きになっちゃったんですって」

「はぁ? 私、彼氏いるけど?」


 こんな話は美弦にとって珍しい事じゃなかった。むしろ良くあり過ぎて、周りの女子からは煙たがられている程だ。

 向こうから寄って来るだけなのに、断ると『高飛車たかびしゃ』だ何だと外野に言われる。もううんざりだった。


「そんなの知ってるわよ。けど、素敵な人よ? 〇〇商事の御曹司で、背が高くて。私が付き合いたいくらいの相手なんだから」

「興味ないよ」


 二葉の『付き合いたい』なんて言葉は、口先だけの音でしかない。好意が他の女子に向いている男など、眼中にもないのが本音だろう。

 そんな彼女だからこそ、今まで切れずに友達の関係で居られたのだとしみじみ思う。


「どうせまたキーダーと付き合いたいとか言うんじゃないの? はくが付くとか言って。男なんてそんなのばっかり」

「そうやって否定から入るの良くないわよ。彼、貴女がキーダーだって知らなかったみたいよ?」

 

 二葉はアイスティーを運んできた同じ店員に「ありがとうございます」と二割増しの笑顔を送る。


「そう……なんだ。それはちょっと嬉しいかも」

「でしょ? 今の彼と上手く行っていないなら、会うだけでも会ってみたら?」

「別に別れようなんて思ってないよ。うまく行ってない訳じゃ……」


 自信満々に言う事の出来ない言葉は、語尾が小さくかすれてしまう。

 確かに最近良くない事が続いていた。

 黙ってジャスティの握手会に行ったり、美人を見てはしゃだり。

 いつも側に居る筈なのに、心がすれ違っている気がしてしまう。


「無理してるんじゃない?」


 二葉の言葉が胸に響くのは、自分でもそれを自覚しているからだ。

 いつもなら『違う』とはっきり言い返せるのに、返事ができないまま美弦は唇を噛みしめた。




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