152 背の高いイケメン

 あれは今年の正月の事だ。

 別れたばかりの桃也とうやにお守りを渡す為、飛び立つ前の彼を追って羽田空港へ向かった。

 そこで出会った迷子少女『かの』の母親は、過去に自分もキーダーに助けられた事があるという。その相手を『背が高くて、カッコ良かった』と言っていたが、誰の事なのだろうか。


「ねぇ綾斗あやと曳地ひきちさんって背の高いイケメンだと思う?」

「はぁ?」


 少し大きめな京子の声にぎょっとして、綾斗あやとが「駄目だよ!」と小さく声を上げた。

 もう既に本人の姿は視界から消えているが、どこにどんな耳がひそんでいるか分からない。

 京子は右手で口を押さえ、スッキリしない表情で「うーん」とうなった。


「突然どうした?」


 困り顔を傾ける綾斗に、京子は空港でのことを話す。


「ずっとそれが曳地さんの事だと思ってたんだけど、久しぶりに会ってみると何か違うような気がして。背が高いっていうのは、どのくらいを指すんだと思う?」

「俺に喧嘩売ってる?」

「そうじゃないよ。私からすれば綾斗だって高いもん。あのお母さんも、私と同じくらいの身長だったと思うんだ」

「京子さんがそう言ってくれるのは嬉しいけど、俺くらいの高さをわざわざ高いなんて言わないんじゃないかな。せめて175は軽く超えるくらいじゃないと」

「175か」


 照れ臭そうな表情をこらえながら答える綾斗は、172か3だと言っていた気がする。そんな彼とほぼ同じ背の曳地は、京子の古い記憶よりもだいぶ視線が近かった。


「じゃあ、曳地さんは違うのかな。けど他に30代居ないよね? イケメンってのも……」

「駄目だよ、そこは個人の主観なんだから」

「はぁい」


 悪ノリしそうになった所で止められ、京子は肩をすくめた。


「けど、結局誰の事なんだろう。15年以上前の爆発騒ぎで助けられたって言うけど、暴走事件が起きたって事?」

「『大晦日の白雪』以前に大規模な騒ぎはなかった筈だけど、小規模の物なら幾つかあったと思うよ」


 京子もアルガスに来て長いが、過去にあった事件の話など耳にする機会は殆どなかった。

 胸騒ぎを覚え、京子は不安な気持ちで綾斗を見上げる。


「何だろう、気になるな」

朱羽あげはさんに聞いてみるのが早いんじゃない? 彼女が一番詳しいと思うし、資料庫も当てにならない時があるから」

「確かにそうかも。連絡してみようかな」


 朱羽はキーダーの中で一番の事情通だと思っている。

 昼食後、京子は早速彼女に電話した。



   ☆

「15年くらい前の事なんだけど、暴走事件がどこかで起きてないかなと思って」

『その頃だと高松かしら。そこまで大きな事件ではないけど、暴走を起こした本人は、その時に亡くなってるわ』

「そんな事があったんだ。すごいよ朱羽、多分それの事だと思う」


 正月に空港で会った達は、帰省から戻ったのだと言っていた。確か四国からの便だった気がする。

 四国は中国支部の管轄だが、曳地はまだ別の支部に居た筈だ。

 とりあえず事件まで辿り着けたことに京子は「やった」とはしゃぐが、朱羽は『けどね』と言葉を濁す。


『詳細は殆どないのよ』

「小規模だったからってこと?」

『逆よ。御遺族の希望で消されてしまっているの』

「犯人の、じゃなくて? 他に死人が出てるって事?」

『えぇ』


 朱羽の返事は重かった。

 『大晦日の白雪』でさえ、桃也の暴走で亡くなったのは強盗犯の一人だけだ。犯人と被害者の二人も死人が出ているシークレット事案に、京子は目を見開いた。


「朱羽も知らないの?」

『私の口からは言えないって事よ。だから聞かないで』

「そういう事か。ごめん」


 情報開示に関して、朱羽は一般のキーダーよりも権限がある。

 京子には伝えられていない事実を、彼女はどれだけ持っているのだろう。


『謝らないで。それよりその事件がどうしたのよ。京子、何か探ってるの?」

「探ってるわけじゃないよ。昔、その事件の時にキーダーに助けられたって人が居てね、誰なんだろうって思ったの」

『そういう事か……けど、上が秘密にしているならそれなりに理由があるって事よ? あんまり首を突っ込まないようにね』

「うん」


 秘密を知っている彼女が、そんな言葉をくれる。

 詮索してはいけないと分かっているのに、『それなりの理由』が気になってしまう。


「それより京子、桃也くん大変な事になったわね。私たちもできる限り応援してあげなきゃ」

「そうだね」


 桃也の事も気になるが、京子の頭は高松の事件で一杯になってしまう。

 けれど、その哀しい答えに辿り着くまでそう時間は掛からなかった。






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