【番外編】23 お泊り会1

 最近、京子と綾斗あやとの仲が親密だ。二人は付き合っているのだからそういうものだと思うのに、何故か朱羽あげはの機嫌が良くない。


「仕事中だってずっと一緒に居るのに、終わってからもなのよ? 休みだって……」

いてるんですか?」

「羨ましいなんて思ってないわよ!」


 電車移動の、朱羽は肩に提げた鞄のストラップを強く握りしめて、ムッと龍之介を睨んだ。何か言いたげな目を向ける彼女に、「どうしたんですか?」と首を傾げる。


「龍之介のせいよ」

「はぁ?」


 朱羽の零した一言の意味が、龍之介にはさっぱり分からなかった。

 その答えを聞けぬまま、電車は目的の駅へ停車する。


「そのマンションが京子の家よ」


 朱羽がホームから見える白いマンションを指差した。

 今日は、先日話題に上った京子のマンションでの『お泊り会』だ。「龍之介も来て良い」と言われた時には耳を疑ったが、どうやら料理要員で間違いないらしい。

 スーパーで調達した食材と飲み物を両手にぶら提げて、朱羽の横を歩いていく。


 京子には悪いが、朱羽との夜に龍之介は期待していた。

 彼女とは上司と部下の関係以上のなにものでもないが、ほんの少しずつ距離は縮められているような実感はある。


 そこに来てのお泊り会だ。

 京子が居るお陰でガードの緩くなった朱羽とのラッキースケベがあればいい──なんてラノベの主人公的展開を想像しながら、数日前から一人で盛り上がっていた。


 マンションに着くと、京子が「はぁい」と二人を迎える。

 いつもは見ないラフなワンピース姿は隙だらけに見えて、龍之介はドキッとしつつ「失礼します」と早速キッチンへ移動した。


 カウンターからは部屋を見渡すことが出来て、寝室の扉の奥には買い換えたばかりだという京子のベッドが覗いていた。そこで自分が何かする訳じゃないのに、あらぬ妄想ばかり膨らんで精神的に良くない。

 龍之介はキッチンへと気を逸らした。


「広いですね」

「まぁね。道具とか好きなように使ってくれて構わないから」


 料理は殆どしないという彼女の言う通り、使用感はまるでなかった。その割に鍋や食器が一揃いあるのは、同棲していたという元カレの残して行ったものなのだろう。

 資料整理で何度か目にした事ある『桃也とうやさん』は、料理の上手い人だと聞いたことがある。


 最近夜中まで受験勉強しているせいか、この時間は少し眠い。龍之介は眠気覚ましに持参したペットボトルのコーラを飲みながら京子へ声を掛けた。


「綾斗さんは今日来ないんですか?」

「後で来るよ。今日出張だから帰り遅くなるって。何で俺が居ない時に計画するのって言ってたけど、こういうのって二人の時間を優先させるものじゃないの?」

「貴女はそういう所がダメなのよ。恋人が居るのに、龍之介を家に泊めるんだからちゃんと考えなきゃ」

「そっか。龍之介くんは男子だもんね」


 京子の中で男認定されていない事に、龍之介はズンと心にショックを受ける。

 女子二人にはそんな辛いエピソードも会話の一部にしか過ぎないようで、朱羽はツッコミを入れることもなく会話を進めた。


「けど『綾斗くんが優先』って、休みは彼と二人でって事でしょ? 本人に言ったら喜ぶんじゃない?」

「うん、何か喜んでた……気がする」


 「言ったんだ」と朱羽は惚気のろけ話に溜息を零す。

 ここ最近の機嫌の悪さの原因を垣間見て、龍之介は「あぁ」と息を呑んだ。




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