141 隠された一錠

 駅までの道を男二人で歩く。

 良い感じに酒が回ってきた所で酔っぱらった京子を綾斗あやとに預けて店を出たが、ここからもう一軒くらい余裕で行けそうな気がした。

 はしご酒を提案すると、マサも「お供します」と同意する。


「それにしてもあの二人、案外京子ちゃんの方がホレてんじゃねぇの?」

「確かに。あんな風に笑う京子なんて、久しぶりに見たかもしれません」

「前の彼氏の事、大分悩んでたもんな。たまに一人で寂しそうにしてたし」


 最初に相談を持ち掛けられたのは、去年の暮れだった気がする。

 あの頃沈んでいた事を考えると、今日の彼女は死体を見てダメージを喰らっていたとはいえ別人のように明るかった。


桃也とうやも京子の事を嫌いになったんじゃない。ただ好きって気持ちに固執こしつしてずっと放っておいたから、アイツも耐えられなかったんだと思います」


 颯太そうたは桃也と直接話した事はない。何度か遠くから眺めた事はあったが、綾斗とは雰囲気が真逆のタイプに見えた。


「恋愛なんて誰とでもできるけど、その先考えりゃ居心地いい方が良いに決まってる。京子ちゃんは綾斗くんと一緒に居る時良い顔してるよ」

「あの二人は前から側に居たんですけどね」


 マサは羽織ったジャージの袖を肘まで捲り上げると、ポケットで音を立てたスマホを取り出してメールの返事をした。


「奥さん? この間も言ったけど、こっち来て大丈夫だったの?」

「生まれたらもう少し側に居なきゃとは思ってます。けど、同期が死んでじっとなんかしてられないんで。せめて今だけは動いていたいんです」

「まぁそれは仕方ないけど。生まれたら『もう少し』じゃなくて、きちんと側に居てやりな。出産ってのは男が考える何倍も母親は大変なんだからな」

「はぁ……」


 マサの妻は元アルガスの施設員で、8月に出産を控えている。

 っ気ない返事に、颯太は「フン」と鼻を鳴らした。居酒屋に居た時から、マサは気が付くと上の空だ。

 その理由がわかるからこそ、颯太は苛立って「おい」と彼の肩を掴んだ。

 きっと感情的になってしまうから、あの二人の前では言いたくなかった──だから先に店を出た。


「はい?」


 颯太の様子にマサは何事かという顔で足を止める。自覚はないのだろうか。

 マサに対して、これだけは言わねばならない。


「奥さんの出産もあるけどよ、アルガスは今戦いを控えてるんだ。お前がホルスの一味じゃないなら、こんな時におかしな薬なんて絶対に飲むなよ?」


 マサの頭の中が『トールに戻れる薬』でいっぱいになってる事は手に取るようにわかる。

 だからこそ、彼にその薬を渡してはいけないと思った。


 銀次ぎんじが薬を飲んだ時、ノーマルだった敵の少女の応急処置をした。その時彼女が一錠だけ持っていた薬を颯太は医務室の棚に隠している。

 上に預けた方が良いかと迷ったが、マサに知られたらマズいと思って自己判断で隠したままだ。


「颯太さん? 怖い顔しないで下さいよ。俺は薬なんて飲みませんよ? さっきも言ったじゃないですか」


 そんなことを言いながら、マサの目はどこか宙を漂っている。

 酒の勢いも手伝って、颯太は歩き出そうとするマサの行く手を阻むように正面に立った。


「俺の目を見ろよ。薬が手に入ったとしても、絶対にだぞ? アンタは銀次の憧れなんだ。アイツがたった一錠の薬でどれだけ苦しんだと思う? 本人は平気そうにしてるが、今だってまだ完全じゃない。そういう薬なんだよ。いいな?」

「……だったら俺は、どうしたらキーダーに戻れるんですか?」


 彷徨った視線を颯太へ向けて、マサがぽつりと本音を吐いた。


「知らねぇよ。けど、薬で得た力なんてキーダーとは違うからな? 大体、アンタだって力を縛ったわけじゃねぇんだ、そういうのはトールって言わねぇんだよ。俺とは別だ」

「だったら、俺はずっとこのまま……」


 酒を飲んだ時にする話じゃなかったと、少し後悔した。強い感情も弱い感情も、普段に増して吐き出されてしまう。色々言ってしまったが、男泣きしそうなマサの衝動をどうすることもできない。


「松本さんは、損得で動く男だ。少なくとも俺にはそう見えた。アルガス解放で一度はあそこに留まったあの人が、ホルスに利があると見たって言うのが俺には信じられねぇ。理由はどうあれ、アンタは京子ちゃん達の敵にはなるなよ?」


 涙に気付かないフリをして、颯太は「そこ入るぞ」と雑居ビルに並ぶ居酒屋の看板を指差した。






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