140 ようやく二人きり

 大ジョッキとグラスのレモンサワー、それとお猪口に並々とつがれた日本酒を一杯だけ飲んだ京子は、まだ普通に会話することができた。

 結構な量な気もするが、『眠い』とテーブルに伏せるまでには少し足りない。


 『後は二人でどうぞ』と颯太そうたたちが先に店を出て、京子は綾斗あやとと二人で個室に残った。

 ふわふわとした意識のまま彼との距離を縮めて、ほんの少し肩が触れた所で追加したグラスを手に取る。


「お疲れ様」

「お疲れ様。そろそろやめておいた方が良いと思うけど、気持ち悪くない?」

「平気。けど昼間の事思い出すと、ちょっと胸の辺りがね」


 京子は空の手で鎖骨さこつの下をポンと叩く。


「俺もあんまり経験ないけど、タイミング悪かったね」

「いつもは綾斗か爺が行ってくれたもんね。経験しとかなきゃっては思うけど、慣れるのかな。グチャグチャのやつ……あぁ駄目だ」

「飲んでる時に、リアルに思い出さなくていいよ」


 ネタのように言った自分が、昼間を思い出して辛くなってしまう。

 横から綾斗にぎゅっと肩を抱かれて、京子は「うん」と目を閉じた。


「綾斗も今日はありがとね。あそこで修司が来てくれて助かったよ」

「結構ヒヤヒヤしたんだよ? 松本さんの件、スッキリしない事も多いけど誰も怪我しなくて、とりあえずは御の字かな」


 綾斗のトーンがいつもより少し高い。


「綾斗、酔ってるでしょ」

「俺もビールと日本酒入ってるから」

「だったら今日は私が介抱してあげる」

「ロックで梅酒飲みながら言うセリフ?」

「──やっぱり無理かも」


 言ってみたものの、自信はない。


「いつも通りで良いよ。京子さんを家に届けるくらい、目つぶったってできるから」


 背後に足音が止まって、綾斗は京子から手を離した。「失礼します」と襖の開く音に、京子もぴっと背を伸ばす。

 頼んだデザートが運ばれてきた。


 京子はクリームたっぷりのプリンを頬張りながら、「そうだ!」と鞄を探る。ドラッグで買った頭痛薬を取り出した。


「ねぇねぇ、さっきこれ買ってきたんだ。可愛いでしょ? 女子って感じする?」

「可愛いけど、京子さんがこういうのに興味あるなんて意外。俺の知らなかった一面? それとも狙ってる?」


 流行りのキャラクターとコラボしたパッケージに、綾斗はそんなことを言う。確かに普段の京子は身の回りの物も特にこだわりはなく、シンプルなものを使っているけれど。


「だよね、私っぽくないよね」

「良いと思ったんなら、それが一番だと思うけど?」

「ううん、違うの。サメジマ製薬の話聞いてる?」

「噂程度には」


 途端に綾斗の声のボリュームが落ちる。

 京子は朱羽あげはに聞いただけだったが、やはり彼の耳にも入っているようだ。


「薬買う時にその事思い出したら、何となくそっち避けちゃって。だからコレにしたの」

「京子さんらしいかも」


 綾斗は笑って、残っていたビールを流し込む。


「薬かぁ」


 京子はしんみりと呟いて、再び昼間海で見た光景を頭に浮かべた。


「さっき颯太さんも言ってたけど、あの死体の人もトールだったのかな? 一度消した力なのに戻そうとするなんて」

「それは分からないよ? 薬の出所がホルスだとすれば、お金の為とか、ゆすられたとか、本人の希望以外にも理由は幾らでもあると思う」

「そうか、ホルスだもんね。今向こうにはどれだけの能力者が居るんだろう」


 いずれ彼等と戦いになるのだろうか。

 ホルスがバスクの手駒を増やそうとしていたのは知っているが、薬を使ってまで躍起やっきになっているとすれば、彼らが正に戦闘準備をしているかのように思えてしまう。


「不安?」

「ううん、大丈夫。綾斗が居るから」


 戦いで何が起きても、彼が側に居る。今はどんな敵が相手でも戦える気がした。

 京子は「大好き」と綾斗の肩に頭を預けた。




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