134 謎の男
状況が読めない不安と、戦闘への高揚感が入り混じる。
少しずつ強くなっている気配は、相手との距離が縮まっているという事だろうか。
ずっと動き通しでびっしょりと濡れた
首都高の高架を潜り、工業地帯から運河を超えてマンションの立ち並ぶエリアに入った所で、全身を走り抜けた衝動に足を止める。
「近い!」
急な静止につんのめって、反動でたたらを踏む。
通行量の多い道路に面しているが、帰宅時間には少し早く歩道には人が
修司との合流前だが、待ってなどいられない。
辺りを漂っていた能力の気配がメーターを振り切るように強まって、京子は自分の気配を押さえつつ、そっと
「あの人だ」
相手はすぐに見つけることができた。
道路脇の歩道を
長いウェーブの髪を後頭部の低い位置で結わえる様は一見女子を思わせるが、骨格は明らかに男だ。
京子は距離を広げないように男を追う。相手はこちらに気付いているのかもしれないが、攻撃を仕掛けてくる様子はなかった。
キーダーもバスクも、普段は気配を隠している事が多い。
京子のように苦手な人間も居るが、彼は隠さないどころか、ここだと言わんばかりに強めの気配を放っている。
罠だろうか。
脚が悪いのか、それとも何かダメージを受けているのか。男は鉛でもつけたように足を引きずり、ふと何かにつまずいて体勢を崩した。
受け身を取る姿勢などまるでない。
「ちょっと、危な!!」
京子は
ビクンと反応した相手の身体がゆっくり元の位置へ戻ったのを見計らって、京子は相手に駆け寄る。
「ちょっと。貴方、大丈夫ですか?」
正面に回り込んで思わずたじろいでしまったのは、男が透過率の悪い真っ黒なサングラスをしていたからだ。気配の強さと外見の印象が、
男は暫く京子をぼんやりと見下ろし、やがて力なく下がった口角をクイと上げてクツクツと不気味な音で笑い出す。
覇気などまるで感じないのに、彼の気配は全力で戦闘をしている最中のそれに近かった。
敵なのだろうか。
ただのバスクか、最悪はホルスか。
「何で笑ってるんですか?」
目元は見えないが、彼はあまり若くない。手入れ不足な白髪交じりの長髪と、シャツから覗く血管の浮き出た腕、細く刻まれたほうれい線は、
男は
「キーダーが俺のトコに来たのか」
「貴方はバスクなんでしょう? 一緒に来て貰いますよ?」
男は喉が焼けたようなガラガラ声だ。
列をなしたトラックがガタガタと地面を揺らして走る横で、京子は片手を自分の懐へさっと忍ばせた。
バスクと遭遇したら確保して連れ帰る──それがキーダーの仕事だ。
周囲に他の気配はなかった。
抵抗されるだろうと警戒しながら
男は頭上に構えた指先に拳サイズの光を灯らせて、京子の足元目掛けて放つ。
「やめなさい!」と避けると、光はダンと音を立てて地面にめり込んだ。
京子は趙馬刀を構える。いつもより大きめの刃が付いたのは、ここの所大人しくしていた反動かもしれない。
男は「いいぜ」と再び光を出した。
けれど場所が悪い。人通りは少ないとはいえゼロではなく、車道の車はむしろ多いくらいだ。
どうする──?
男は素直に銀環をはめてくれそうにはなかった。
能力者同士で相手の動きを止めるには、いささか状況が限られる。さっきはうまくいったが、今同じことをしても相手に拒まれて解かれてしまうだろう。
「どうする? オネエサン」
男は荒い呼吸に肩を上下させ、戦闘態勢を見せる。
こんな時、空間隔離の特殊能力を持っていたらと心底思う。
「貴方が大人しく捕まれば良いんですよ」
「キーダーに言われてホイホイと付いて行くと思うか? 違うだろ? アホでも分かるよな?」
男はすぐに攻撃してこようとはしなかった。
試されているのかもしれない──
「京子さん!」
途端に彼の気配が強まって、京子とは別の趙馬刀の光が後ろから視界に飛び込んできたのだ。
「遅くなってすみません!」
庇うように前へ出た修司に、京子は「そんな事ないよ」と
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