133 何もかもバレている

 ジャスティのライブに来たことが美弦みつるにバレる事を恐れていたが、命の危機はそれよりも早く訪れた。

 心臓を突き刺すようなゆずるのギラついた視線が前から飛んできて、修司は「ヒィ」と硬直させた顔を逸らす。けれどそんな空気など気にもしない様子で、最初に迎える青色の少女が「修司くん」と声を弾ませた。


「まさかここで会えるとは思わなかったよ!」

「お、お久しぶり」


 会場内にはスピーカーからの音楽が響いていたが、彼女たちとの会話は周りにも十分に届く程だ。譲はともかく、背後に並ぶ見知らぬファンに刺されるんじゃないかと警戒してしまう。

 けれどそんな状態でもピンと伸ばされた彼女の手を両手で握り締めてしまうのは、男のさがだと思った。

 早くこの握手会を終わらせてしまいたい気持ちと、こうなったら開き直って彼女たちと会話したいという気持ちが交錯こうさくするが、「はい、次」と機械的な警備員の声に呆気あっけなく流されてしまう。


 ただ『知人が居た』という彼女のテンションは次のメンバーたちにも飛び火して、「修司?」という声が連なっていく。

 半ばやけくそな気持ちで、修司は彼女たち一人一人との数秒間を自分なりにじっくりと味わった。そして、五人目に来たのが黄色担当のえりぴょんだ。


「修司、ファンクラブ入ってたの? 教えてくれれば良かったのに」


 この友達のような話し方はどうだろうか。

 初めて会った時の厳しい顔ではなく、テレビやピンナップで目にするような営業スマイルで「有難う」と微笑んでくる。

 ジャスティの中でもセンターを務める事の多い彼女は、ハッキリ言って可愛かった。美弦への後ろめたさはあるけれど、ここに来た後悔はない。


「入ってるわけじゃないんだ。ちょっと色々あってさ、今日は楽しかったよ」

「そっか。けど楽しめたなら良かったわ。また来てね」


 会話の終わりに彼女の手をきっちりと握り締めると、ポケットの中でマナーモードにしていたスマホが震えている事に気付いた。

 「じゃ、じゃあ」とシドロモドロになりながらステージの階段を駆け下りると、ジェラシーを増した譲が般若のような顔で修司を待ち構える。

 しかし次に訪れた命の危機に、友人を構っている暇はなかった。


「ごめん譲、電話だから先行ってる」


 申し訳ないと手刀を構え、男たちの流れを掻き分けてロビーへ駆け込んだ。

 案の定、電話の相手は美弦だ。どこかで見られているのだろうかと勘繰ってしまうタイミングだった。

 「落ち着け」と深呼吸してから通話ボタンを押す。


「どうした?」

『どうしたじゃないわよ。仕事よ』

「今日は休みとってるけど? 何言って……」

『京子さんが今バスクを追ってるの。アンタが一番近くに居るから、合流してくれない?』

「そういう事か……ってオイ、お前俺が今どこに居るか分かるのか?」


 サッと血の気が引いて、通話口を握り締めながら一旦受話器を耳から遠ざける。

 緊急時は休暇中でも招集が掛かるとは聞いていたし、ここから京子の所へ向かう事には何の問題もないけれど、事態は既に最悪の展開を迎えていた。

 意を決してそっとスマホに耳を近付けると、美弦のわめくような怒鳴り声が聞こえて来る。


『アンタが今どこに居るかなんて、銀環ぎんかんのGPS探ればすぐにわかんのよ。夜中に変なダンスの練習してたのも知ってるんだから。アイドルに会えて大満足?』


 事実は何一つ隠す事などできていなかったらしい。

 青ざめた感情を振り払って、修司は動揺を抑え込んだ。


「はぁ? 譲にチケット貰ったんだよ」

『そうやっていつも友達のせいにして! 鼻の下伸ばしてコソコソしないでよ。アイドルのライブくらい、堂々と行けばいいじゃない!』

『修司、楽しんでる所ごめんな。そういう事だから、京子さんの方頼むよ』

「綾斗さん……」


 ヒートアップする美弦に、綾斗の苦笑いがこっちまで伝わって来る。

 真実を告げてからライブに来たら良かったのだろうか……


「分かりました、綾斗さん。位置情報送って下さい」

『うん、京子さん無茶しそうだからフォロー頼むよ。十分気を付けて、無事に帰ってきて』

「はい、了解です」


 もう無事ではない気がしてしまうけれど。

 それ以上何も言えないまま、修司は通話を切った。





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