130 少し前から気付いていた

「最近会ってないけど、桃也とうやは元気?」


 『大晦日の白雪おおみそかのしらゆき』があった時、当時刑事だった森脇もりわきは既にアルガスの担当をしていた。だから桃也と会う事も多かったという。


「とっても元気ですよ。同じキーダーなのに、もう私じゃ手が届かないくらい先の方で仕事してます。生き生きしてて、ちょっと羨ましいなって」


 監察員かんさついんの時は極秘任務も多く、アルガス内でも露出は殆どなかったが、サードに就いてからは活躍を目にする機会が以前よりも増えた気がする。

 アルガスの共有システム内に成果報告をするフォルダがあって、海外へ行った時の事や仕事の進捗しんちょくを載せているのを何度か読んだ。

 キーダーとして海外へ行くなど、京子にとってはまだまだ遠い話に感じてしまう。


「アイツがまさか本当にキーダーになるとはな。まだ会ったばかりの頃に、一度それを本人に聞いたことがあったよ」

「桃也はキーダーになりたかったんですよね?」

「あぁ。なれたら良いなんてボカすから、俺はなれば良いって言ったんだ」


 森脇は懐かしむように目を細めて、遠くの街並みの屋根に突き出た『大晦日の白雪しらゆき』の慰霊塔を仰ぎ見た。


「キーダーは、生まれながらに力を持つ特別な人間だけが勝ち取れる夢なんだよ。なぁ京子ちゃん、あの慰霊塔に灯る光はバスクへの警鐘けいしょうだって知ってた?」

「そうなんですか? 知りませんでした」

「慰霊の灯には変わりないんだけどね。じゃあ俺はそろそろ本庁へ戻るよ。今日はありがとうね。結果出たら連絡するから、綾斗くんに今度飲みに行こうって誘っておいて」

「言っておきます。じゃあ宜しくお願いします」


 森脇は独り言のように慰霊塔の話をして、片腕を上げて仲間の所へ戻って行った。

 

 京子は水死体についての話を本部に連絡し、同行した銀次ぎんじと近くの公園のベンチに腰を下ろす。さっき見た死体の顔が頭に貼り付いて、少し休みたかったからだ。


 買ってきた甘い缶コーヒーを一気に流し込んで、夕空に溜息を吐き出す。

 そういえば前にしのぶに貰ったコーヒーと偶然同じものだった。

 彼にはもうずっと会っていない。


「お疲れ様です」

「銀次くんも今日ありがとうね。けど、ちょっと嫌な思いさせちゃったかな」


 ──『キーダーになれる薬だっけ? そんなの使った所でコピー人形に変わりないのにな』


 銀次の事を知らない森脇の言葉は、薬を飲んで力を得ようとした彼には重かったと思う。

 銀次も「はい」と苦笑いを浮かべて自分の胸に指先を当てた。


「コピー人形だなんて、正直、えぐられました。周りからすればそれが普通なんだろうって。自分がどれだけ非現実的な事に憧れてたのかって、突き付けられた気がします。分かってはいたんですけどね……」

「キーダーになりたいって人の心をもてあそぶホルスの罪は重いよ」

「あの死体が本当に薬で能力を持った人間だったなら、俺ももしかしたらああなってたかもしれないって事ですよね。俺はキーダーにはなれなかったけど、運は良かったって思います」

「銀次くんが今こうしていられて、本当に良かった」


 今日銀次が同行したのは『将来へ向けての経験値を溜めるため』という理由だったが、颯太そうたは恐らくな京子をおもんばかって彼をよこしたのだと思う。森脇の件は、想定外のおまけだ。


「そうだ銀次くん、この後ドラッグストアでさっき言ってた頭痛薬買ってから戻ろうと思うんだけど、どうする? 颯太さんはそのまま帰って良いって言ってたよね?」

「駅にあったチェーン店ですよね? 俺も電車乗るんで、お店まで付き合わせて下さい」

「分かった。じゃあ一緒に行こう」


 残りのコーヒーを飲み切って、京子は銀次と駅まで歩いた。

 駅に併設されたドラッグストア特有の狭い空間に入り込んで、頭痛薬の棚を探す。


「どれが良いんだろう。頭痛どころか生理痛もあんまりないから、殆ど飲んだ事ないんだよ」

「健康体ですね。なら余計に一般的なので良いと思いますよ」


 左から横に指を移動させて、銀次はテレビCMで良く目にする頭痛薬の箱を手に取った。


「コレなんて良いんじゃないですか? 颯太さんの医務室にも置いてありますよ。一番ポピュラーな薬ですよね」

「あぁ確かに。こういうの銀次くん詳しい?」

「一応医学部志望なんで、興味はあります」

「そっかぁ。医学部受験なんて勉強大変そうなのに、颯太さんトコに通ってるの凄いよ。そういえば、朱羽あげはが飲んでるのもコレか」


 銀環ぎんかんによる力の抑制よくせいで頭痛持ちの朱羽が、これの薬瓶を常備している。

 この間ホルスと製薬会社の関係を話した時に上がったのも、同じサメジマ製薬だった。

 良く見れば、ドラッグストアの至る場所に同じ企業ロゴがあふれている。この業界では最大手だ。そこにホルスの幹部である高橋が居たという。


「けど、やっぱりこっちにしようかな。可愛いから」


 京子は「ごめん」と添えて別の頭痛薬を手に取った。特に興味はないが、流行りのキャラクターとコラボしている方を選ぶ。

 本当の理由は言わなかった。


「女子ですね、京子さん。そっちでも全然問題ないですよ」


 銀次も特にそれを疑いはしなかった。

 何となく小腹が空いて、京子はレジ横にあったチョコを頭痛薬と一緒に支払う。


 店から出て今日の事を少し話して、駅舎に入る手前で銀次と別れた。彼の背を見送った京子は、ゆっくりと駅の外へ足を向ける。


 少し前から気付いていた。

 能力者の気配がする。



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