126 癒しとは何か
外は雲一つない青空が広がっているのに、昨日の土砂降りの跡がまだ地面に残っていて、空気はだいぶ蒸し暑い。
エアコンを入れるにはまだ早い5月末、京子は制服のジャケットを部屋に脱ぎ捨てて3階へと階段を上った。
「あ、やっぱり来てた。居ると思ったんだ」
「お久しぶりです、京子さん」
消毒液の匂いがする医務室で、京子の登場に笑顔を見せたのは高校生の
土曜にあった体育祭の振り替えとやらで、平日のこの時間に来る事はメールで事前に聞いていた。
銀次はガイア達との戦闘で薬を飲んで以来、解毒の為にここへ通っていたが、最近は症状もすっかり落ち着いて、たまに経過観察として来ているらしい。
湿度の高い廊下とは対照的にヒンヤリとした空気が広がって、京子は「はぁ」と
「ここ冷房効いてる。涼しいね」
「医務室の特権ですね」
京子は机の上に残された飲みかけのペットボトルを
「
「事務所の人と地下の資料庫に行ってます。頼んでた資料の閲覧許可が下りたとか言ってましたよ」
「へぇ何だろ。じゃあ、ちょっと待ってようかな……ん?」
ふと銀次の視線を感じて、京子は「どうしたの?」と首を傾げた。彼は無意識だったのか、ハッとして「すみません」とズレた眼鏡を直す。
「京子さんが
「急に鋭いトコ突いて来るね」
まさかそんな話だとは思わず、京子は苦笑いする。
「同じ界隈での恋愛って学校でも良くあることだけど、大人はどうなんだろうと思ったら気になっちゃって」
京子は銀次を恋愛のエキスパートだと思っている。それは龍之介から『銀次はプレイボーイだから気を付けて下さい!』と
彼のスマホのアドレス帳には女子の連絡先がたくさん詰まっているらしいが、特定の誰かと付き合っている事実はないらしい。
実際に彼と話をすると、誘うような言葉を投げてくる割にどこか一線置いている感じがする。それが分かっているから、彼とは話がしやすかった。
「大人とか、歳は関係ないと思う。同じグループの中で相手を変えるのって、周りから見れば色々思う事はあるんだろうけど、自分で決めた事だし……好きだって思っちゃったんだからしょうがないでしょ?」
「何か京子さん、可愛いですね」
「
京子は赤面して唇を震わせる。
大人になったら恋愛の意識が変わるのかなと疑問を持ったのは、中学の頃だ。けど二十歳を過ぎても相手に対するスタンスはあまり変わらなかった。
「銀次くんて、彼女作らないのに女子と遊びまくってるって龍之介くんが良くボヤいてるけど、綾斗も昔そうだったって言ってたの。良くあることなのかな?」
「良くはないと思いますよ」
銀次は肩をすくめるように笑う。
「好意を持ってくれる女子と遊ぶのは楽しいんですよ。けど、帰宅してどっと疲れるって言うか。振り回されてもやり遂げたって思えるような相手には、なかなか出会わないんですよね」
「何だかうまい事言ってるだけな気がする。相手は本気なのに?」
「俺は別に、付き合う事を前提にしてデートしてるわけじゃないですから。だって、恋愛ってぶっちゃけ癒しじゃないですか? 綾斗さんは京子さんに癒されてるんだと思いますよ」
「癒し……綾斗が私に?」
そんな事絶対にないと否定したかった。
泥酔して嘔吐する女を介抱したり、記憶が無くなるまで酒を飲んだ女をマンションのベッドまで送り届けるなんて事は、癒しでもなければ達成感も生まれないと思う。
「それはないよ!」
急に自分の失態が恥ずかしくなって、京子は声を張り上げた。
銀次はその勢いに「どうしたんですか?」と驚くが、颯太の登場に恋愛話はそこでお開きとなってしまった。
「京子ちゃん、来てたんだ」
「はい。ちょっと颯太さんに聞きたい事があって」
「ん、何?」
片手に持った
体調について話そうとしたところで、ファィルに貼られたラベルが目に飛び込んでくる。
地下の資料はファイルの色ごとに種類が別れていて、黒が報告書のファイルで青はデータをまとめたものだ。
「これって何のデータですか?」
「何だと思う? どうしても見ておきたくなって頼み込んだんだ。見るか? 俺の過去を」
彼の持ってきたファイルは、解放以前のアルガスに在籍していたキーダーの名簿だった。
最初に
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