127 若かりし頃の顔

 颯太そうたが地下の資料庫から持ち出してきた青いファイルは、解放以前のアルガスに在籍していたキーダーの名簿だった。

 最初にめくったページに、入学式よろしく当時居た全員の集合写真を見つけて、京子は「見せて下さい!」とテンションを上げる。


「俺がアルガスに入ってすぐの時だな。新人は久しぶりだからって言って、まことさんが俺たちを並べて写真撮ったんだ。まさかまだ残ってたとはな」


 薄っすらと黄ばんだ紙に貼られた集合写真の右下には、今から三十年程前の春の日付がオレンジ色の文字で刻まれていた。

 前列と後列に並ぶ十数人の男女はいずれもキーダーで、今とは違うデザインの制服を着ている。


「あ、これ浩一郎さんだ!」


 アルガス解放でその殆どがトールになってしまったが、彼だけは一目で当てることが出来た。息子である彰人あきひとと同じ顔をしていたからだ。


「まんまだよな? 俺も彰人に初めて会った時、うわって驚いたもんな」

「彰人くんを、もう少しクールにした感じ──ですかね」


 髪型は違うが、端正たんせいな顔立ちと薄く目を細めて笑う表情が良く似ている。

 ハナと恋人同士だったこの時代の彼は、今よりも優しい顔をしていた。


「なら、この真ん中の男子が颯太さんですね」

「あぁ、そうだよ」


 上から覗き込んだ銀次ぎんじが、自信あり気に指差す。はっきりとした顔立ちに、まだあどけなさを残した颯太は、ムッスリとカメラを睨みつけていた。


 「まだひげがない」と京子が思ったままを口にすると、颯太は「当たり前だ」と笑う。


「高校生だぜ? 良い男だろ」

「はい。女子には全然興味なさそうですけどね」

「それは事実だから仕方ねぇよ。んで、こっちが勘爾かんじさん。分かるか?」


 前列の端にぽつんと立つ男子にその面影を見て、京子は「本当だ!」と声を上げる。英雄と言われる以前の彼は、今のような存在感をまだ持ち合わせてはいなかったようだ。


「颯太さん……?」


 ふと颯太の目が一点を見ている事に気付いて、京子は彼の視線を追う。

 写真に触れた彼の指先が、中央に立つ二人の男の間にあった。どちらを指しているかは分からないが、二人とも京子が初めて見る顔だ。


「その人が、颯太さんの見たかった相手ですか?」


 ページの下に注釈があって、一人が『松本秀信ひでしな』、もう一人が『加賀泰尚かがやすたか』と書かれている。

 彼ら二人と颯太の間に物悲しい空気を垣間見て、京子は先日の会話を思い出す。


「確か、松本さんがバーサーカーなんですよね?」


 黙る颯太に質問を重ねると、彼はハッとしたように顔を上げて「そうだよ」と眉を下げた。


「そういや、こんな顔してたわ」


 憂鬱ゆううつそうに吐いて颯太が改めて松本を指差す。彼はもうトールになってしまったという元バーサーカーの男らしい。

 彼の話をした時、あまり好意的な相手ではない事には気付いていた。

 面長の顔で、タレ目に少し大きな泣きボクロがある。やる気のない颯太のすぐ下で、自信あり気な表情が対称的だ。


「この人だけじゃないけど。みんなどんな顔してたっけと思ってな」


 にっこりと笑んだはずの颯太の表情が、京子にはどうしてか辛そうに見えた。

 過去に何かあったのだろうか。


「あの、颯太さん──?」


 聞いてみようかと尋ねたところで、京子のスマホが鳴り響く。

 事務所からの連絡だった。


 東京湾に水死体が上がったらしい。




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