116 彰人の本音

 地下牢の並ぶエリアを抜けて、張り詰めていた緊張が解けていく。


「終わったぁ。どうだ京子ちゃん、何か変わったか?」

「うーん、実感はないです」


 両腕を上げて脱力する颯太そうたが、まだ変化の起きない京子を気遣った。

 浩一郎と面会した20分間は、手を握られたことを除けば二人の過去話を横から眺めていただけというのが正直な感想だ。

 アルガスは訓練場もあり、常に能力の気配で溢れている。まだ特出とくしゅつしてこれだという変化は感じなかった。


「即効性はないのかもな。体調は?」

「平気です。けど一つだけ……やっぱり忘れていたことがあって」

「やっぱり彰人あきひとに告白してたのか?」


 興味津々の颯太に、「していませんでした」と首を振る。もしかしてと予想した自分がおかしくなって、京子は肩をすくめた。

 あの日の最後の記憶は、彰人の言葉だった。


『僕はいつか、京子ちゃんと同じ目で世界を見ることができたらいいなと思ってる』


 京子の記憶から消えてしまうのを知っていて、彰人はそれを話したんだと思う。襲撃後キーダーを選ぶことになる、まだ小学生だった彼の本音だ。

 彰人の言葉をそのまま伝えると、颯太は気が抜けたように笑って、来た道を振り返った。


「浩一郎さんも罪な男だよな」

「颯太さんって、浩一郎さんと仲が良いんですね」

「そんなつもりはねぇよ。ただ、ここでの思い出は嫌な事が多かったけど、その分キーダーの結束は強かったのかもな。まことさんを含めてな」


 アルガス襲撃で、最後に浩一郎を庇ったのは大舎卿だいしゃきょうだ。

 

「長官ってちょっと苦手だったけど、話を聞けば聞くほど別人のように感じちゃいます」

「上に立つ人間ってのは、それなりの振る舞いも必要だ。憎まれるのも仕事のうちなんじゃねぇの?」

「そうなのかもしれませんね」


 地上へ出る最後の扉を潜ったところで、京子はふと足を止めた。

 周りに人気のないこの場所で、彼に聞いておきたい事があったのを思い出す。同時に少し眩暈めまいがして、「ちょっと待って」と囁くように自分へ言い聞かせた。


「昔と言えば、颯太さんが在籍してた頃、バーサーカーが居たって聞きました。さっき話してたアンロックってのと同じ特殊能力なんですよね? どんな人だったんですか?」

「は? バーサーカー?」


 颯太が明らかに嫌そうな顔をするのが分かった。けれど、綾斗あやとがその人物と同じ特殊能力を持つと聞いて、話を聞いてみたいと思った。


「苦手な人だったんですか?」

「ある意味、浩一郎さんよりな。俺がここを出た時はまだ残ってたけど、結局出て行ったみたいだな」


 京子はその情報を噛みしめるように頷く。


「松本秀信ひでしな──1回だけその力を見せて貰った事あるけど、今いたら面倒だろうな」

「面倒?」

「あぁ。バスクが銀環ぎんかんをしない理由の一つに、力を制御されたくないってのがあるだろ? けど、それだと暴走のリスクはやっぱり高い。同レベルのエネルギーを意図的に起こせるとしたら、ホルスはバーサーカーを手に入れたくなるじゃねぇか」

「そっか。そういう事か」


 綾斗の事も敵は欲しいと思うのだろうか。

 彼まで遠くに行ってしまうような気がして不安になる。


「もしかして京子ちゃんがそうだったりする?」

「まさか。私は特殊能力なんてないですから」

「俺だってキーダーの頃は普通に力が使えただけだぜ。引け目なんて考える事ないんだからな?」


 「はい」と首を振ると、今度は米神に痛みが走る。感覚と記憶を取り戻したらしい体への反動が徐々に強まって来る。


「そろそろか? 無理するなよ」


 頭を押さえる京子の背を颯太が支える。鐘を打つようなズキンとした痛みが響いて、ふと湧いた寒気に全身がざわついた。

 辺りを漂う能力者の気配も、さっきよりハッキリと感じられる。


「普段感じる気配って、こんなに強いんですか?」

「感覚を戻して過剰反応してんだろ。しばらくすれば落ち着くから、とりあえず上に行こう」


 「踏ん張れよ」と耳元で言って、颯太はそのまま京子をひょいと抱き上げた。


「ちょ、颯太さん! 私重いから……」

「んな事ねぇよ。黙ってな」


 言ってる側から痛みが増して、反論する余裕も一人で部屋に戻る体力も削ぎ取っていく。

 吐き気さえ覚えて、京子は「すみません」と彼へ全身を預けた。




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