115 タイムリミット

「じゃあ、そろそろやらないとね」


 華が咲いた思い出話もそこそこに、浩一郎が胸の前で組んだ両手を、揉み込むようにこすり合わせた。ここでの面会には20分というタイムリミットがあるからだ。

 あっという間に半分の時間が過ぎて、京子も慌てて颯太そうたの腕を叩く。


「それで、実際に何をするんですか?」


 掛けられた力を解くと言われても、実際に何をするのか分からない。

 今はもうトールとなってしまった浩一郎は、京子のそんな質問に優しく目を細めた。


「ちょっとまじないをするだけさ」

「そういえば意識に触れる能力は、掛けた本人が解くか死ぬかしないと解けないって勘爾かんじさんが言ってましたけど、そんな能力もありますよね?」


 ふと思い出したように颯太が顔を上げる。


「アンロックのこと言ってる? 文字では見た事あるけどさ、実際にそんな奴現存するのかい?」

「アンロック? どんな能力なんですか?」


 聞き覚えのない言葉に京子が首を傾げると、颯太が「特殊能力だよ」と説明する。


「他人の掛けた能力を打ち消す力だ。京子ちゃんの忘れた記憶も、それを出来る能力者が居れば、浩一郎さんの力を借りずに解けるって事だよ」

「へぇ。けど聞いたことないですよね」


 桃也とうやや浩一郎が使う特殊能力に、バーサーカーやアンロック──その種類が知識として少しずつ増えている。京子にとってはどれも未知の部分が多い。


「たまったもんじゃないよ。俺みたいな能力者にとっては邪魔な存在だね。もし敵にそんな奴が居たら、俺は真っ先に殺すよ?」


 浩一郎の口から飄々ひょうひょうと語られる『殺す』という言葉に、京子はザワリと冷たさを感じた。

 そんな様子に気付いて、浩一郎が話を元に戻す。


「そんな夢みたいな話してもしょうがないよ。それより京子ちゃんはあの日の事をどれくらい覚えてる?」

彰人あきひとくんの家に行った時の事……ですか?」

「そう。俺が京子ちゃんを家に連れておいでって彰人に言ったんだ。アイツは不安そうな顔をして嫌がってたけどね」

「彰人くんが……そうだったんだ」


 家で浩一郎が何をするか、彼は知っていたと思う。けれどそんな素振りは見せなかった。

 彰人も浩一郎も、感情が読み取り辛い。一見温厚で優しい所に周りが惹かれていくのは分かるが、二人は機嫌の悪い時や怒った時も、たいして表情に変化を見せなかった。


「私と彰人くんがゲームしてたら、お母さんがジュースを持って来てくれて。その後に浩一郎さんが来たんですよね」


 好意を寄せる男子の家で自分は舞い上がっていたし、警戒心なんて微塵もなかった。


『怖がらなくていい』


 目の前に膝をついた浩一郎が、そう言って京子の右手を掴んだ──そこで記憶は途切れていて、彼の家からどうやって帰ったのかも分からない。


「そうだね。俺はいつかアルガスで暴れてやろうって思ってたから。彰人の正体が君にバレるのだけは避けたかった。近くに居るリスクを考えて引っ越そうかと考えた事もあるけど、あの家は遠山の御両親が残してくれたものだから、離れる選択はしなかったんだ」


 浩一郎の旧姓は元々猩々寺しょうじょうじで、奥さんの遠山家に入った。苗字を変えたのは彼が存在を隠すためだと思っていたが、それだけではないのかもしれない。

 彰人の祖父母は京子が小学生の頃にはすでに他界していて、広い家に親子三人で暮らしていた。


「さぁ京子ちゃん、おいで」


 浩一郎がふんわりと笑んで、鉄格子の間から筋張った腕を伸ばした。

 広げられた掌に躊躇ためらいながら指先にそっと触れると、浩一郎は「それじゃダメだ」と強引に京子の手を握り締める。

 ヒンヤリとした手に、京子は緊張を走らせた。


「行くよ。覚悟を決めて──開け」


 浩一郎の一言が力を解く合図だ。声が止んだ瞬間、電流に触れたような衝撃が指先から全身に走る。

 思わず腕を引く京子をぎゅっと繋ぎ止めて、


「怖がらなくて良いから」


 彼はあの日と同じセリフを口にした。

 起きたまま夢を見ているような感覚に襲われて、京子は眠るように目を閉じる。

 浩一郎に触れて気配を感じ取る力が戻ったかどうかは分からないが、彰人の家に行った時の記憶は最後まで思い出すことができた。


 浩一郎が「終わりだよ」と手を放し、京子はゆっくりと目を開く。彼は颯太に向けて「これで大丈夫」と口の端を引き上げた。


「ハガちゃん、ありがとね。今もあの時も、俺は君に感謝してる」

「俺は勘爾かんじさんに言われたからここに来ただけですよ。あの日だって、思ったことを言っただけだ」


 小さく笑いあう二人は、それ以上何も言わなかった。

 20分──タイムリミットを示す3回のノックが、部屋中に鳴り響いた。



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