111 お泊り会の提案

「高橋ようよ。彼が昔、別の名前で製薬会社の研究チームに居たことがあるらしいわ」


 聞いた事のある名前だが、京子の記憶とすぐに繋がってはくれなかった。

 数秒考えてハッとする。


「安藤りつの恋人か!」

「ご名答。良く思い出せたわね」


 修司しゅうじがまだバスクの頃、彼をホルスへと誘ったのが安藤律で、その恋人が高橋だ。しかし彼はバスクとの抗争で命を落としている。

 支部付きのキーダーは、朱羽あげは監察員かんさついん程情報に詳しくないが、ホルスの存在が耳に入るようになった数年前には、既にその名前は囁かれていた。


 高橋はノーマルでありながらもホルスの上層部に位置して、バスク勧誘の折には戦闘にも加わっていたという。詳細は分からないが、高橋が命を落とした戦闘で相手のバスクも亡くなったらしい。


「サメジマ製薬よ。知ってるでしょ?」

「良くCМ流れてるよね? 風邪薬とか飲んだ事あるもん」

「私なんていつも飲んでるわよ」


 朱羽はテーブルの隅に置かれた頭痛薬の瓶を指差した。

 頭痛持ちの彼女の常備薬だ。確かに見たことのある三角形のロゴが付いている。

 サメジマ製薬と言えば、日本人なら少なからず世話になってる大きな会社だ。そんな所がホルスに加担するとは思えない。


「ホルスに手を貸すなんてリスクでしかないよね?」

「会社全体が加担している訳ではなさそうよ。事の発端は恐らく20年前。その頃高橋はまだ若かったけど、腕を見込まれて開発チームの中心に居たらしいわ。そこで訴訟問題を起こしてる。順風満帆じゅんぷうまんぱんの20代を過ごして、今度は追われる身となったのよ」

「……そういう事か」

「責任を取ってサメジマ製薬は自主退職したらしいわ。将来性のある人で、すぐに他へ行くんだと噂されてたみたいだけど、そこでぷっつりと消息は途絶えた」

「ホルスに入ったって事? 薬を作る為に──?」

「まだ断定はできないけどね。ホルスがその能力を見込んで手を差し伸べたのなら、そこが最良の逃げ場に思えてしまったのかもしれないわ」


 それが確定事項でない限り、監察員や朱羽はあまりそういう話をすることはない。

 京子は落ち着かない気持ちに、そっとコーヒーのカップを両手で握り締めた。

 

「朱羽がこんな話してくれるの珍しいね」

「私も色々溜まってるのよ。話せない事までは言ってないから安心して」

「けど、何か怖いな。もう高橋はこの世に居ないんだよ? ホルスが持ってる薬は銀次ぎんじくんが飲んだ以外にもあるんだよね?」

「そうね。だから、京子も変な薬飲まされないように気を付けるのよ? 悪い人間は悪い顔なんてしてないんだから」

「分かってる」


 昨日、しのぶの事で綾斗あやとに注意されたばかりだ。他人に気を許しているつもりはないが、周りからはそう見えてしまうのだろうか。


「ホルスって何なんだろうね。能力を持ったまま銀環ぎんかんをしないで生きる事は自由に見えるのかもしれない。けどホルスとしてアルガスから勝ちをとったところで、世間から見れば国に背いた反逆者になるんだよ?」

「きっと夢を見てるのよ。私たちはそんな愚かなバスクに現実を分からせてやるのが仕事よ?」


 朱羽はキラリと目を光らせて、残りの紅茶を飲み干した。



   ☆

 帰り際玄関先で、京子は桃也とうやに会った話をした。


「お葬式なのにこんな事言ったらバチが当たるんだろうけど、あんなに帰って来なかった桃也が海外から駆け付けたんだって思ったら、吹っ切れちゃった」

「正直な気持ちですもの、バチなんて当たらないわよ。踏ん切りついて良かったんじゃない?」

「まぁ、そうだよね」

「彼のマンションの荷物はどうしたの?」

「とっくに送ってあるよ」


 一月に荷物をまとめて九州へ発送した。元々少なかった彼の私物は、両手で抱えられるサイズの段ボールに十分収まってしまった。


「そっか。京子までマンションから引っ越すんじゃないかって思ってたわ」

「あそこは私が決めた場所だし、アルガスから近くて便利なんだよ。それでね、ベッドを買い換えたの。少し小さいのにしたら、部屋が広くなったんだ」

「へぇ。なら今度遊びに行かせて貰おうかしら」


 パチリと両手を合わせて、朱羽がにっこりと提案する。


「いいね女子会。お泊り会にして飲み明かしちゃう? 龍之介くんも来ていいよ。床しか寝る場所ないから、それで構わないならだけど」

「ホントですか! 俺、廊下だって寝れますよ。料理もします!」

「やった! 大歓迎!」


 龍之介が鼻息を荒くして、ガッツポーズを決めた。





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