108 龍之介のキモチ

 綾斗あやととの関係が美弦みつるにバレてしまった時点で、朱羽あげはに隠せるとは到底思えなかった。

 けれど美弦の時の失敗を教訓に、顔には出すまいと平静を装ったつもりだ。

 なのに会って数秒で言い逃れできない状況におちいってしまう。


「昨日来てたんだ。ごめんね、桃也とうやと別れた時も朱羽来てくれたもんね」

「半分は好奇心だと思って。けど、残りの半分は心配してるんだから」


 龍之介に「どうぞ」と促され、京子は靴を脱いでソファへと腰を下ろした。

 向かいに朱羽が座ると、早速龍之介はキッチンへ向かってやかんに火をかける。彼の相棒のさすまたは、ピカピカに磨かれた状態で本棚の前の定位置に立て掛けられていた。


「……ありがと」

「いいわよ。けど、驚いてはいないのよ? 遅かれ早かれそうなるとは思ってたから」

「そう思ってなかったのは私だけなのかな? 正直、自分が一番驚いてるんだから」

「鈍感」


 呆れたように朱羽はその言葉を突き付けてきた。

 それまで綾斗への気持ちが全くなかったと言えば嘘になるかもしれないが、気付いた途端こんなにも心境が変わってしまう事に自分でも驚いている。


 ゴリゴリと回すコーヒーミルの音に苦みのある匂いが広がって、京子はチラチラと飛んでくる龍之介の視線に照れ笑いを返した。


「綾斗くん、優しかった? ずっと一緒だったんでしょ?」

「うん。綾斗が居なかったら、私駄目だったかも」


 やよいの死が能力死である以上、敵がキーダーなのかもしれないという不安がずっと頭の中で渦を巻いている。

 葬儀には何人かキーダーの姿があったが、きっと誰もが同じことを考えていただろう。お互いが警戒心を募らせて、普段会った時の様な会話をする事なんてできなかった。


「仕方ないわよ。あんなことがあった直後ですもの。けど、京子って面倒見てくれる男子ばっかり側に居てくれる気がする。羨ましいわ」

「私がズボラだからそうなるのかな。けど、朱羽だって龍之介くんがいるでしょ?」

「えぇ?」


 納得のいかない朱羽の返事に、龍之介がポットを手に悲痛な顔で振り返った。


「だって、色々してくれるのは仕事だからでしょ?」

「そんなことないんじゃないかな。龍之介くんもそう思うでしょ?」

「え! いえ、俺は……仕事ですから」

「ほら、本人も言ってるじゃない」


 動揺する龍之介の答えを朱羽はそのままに受け取って、「それより」と話題を変える。


「どうだったの? 向こうは」

「朱羽は、誰が犯人だと思う? ホルスじゃないのかな?」

「どうかしらね。身内で犯人探しなんてするものじゃないけど、そうも言ってられないわよね」


 なるべくなら他人であって欲しいと思う。顔も知らない相手ならば、全力で戦う事ができる。


「朱羽はいつも資料と向き合ってるから、想像で考えちゃう私よりずっと確信に迫れると思って」

「そりゃそうよ。だから私はキーダーを続けていられるんですもの」

「どういう意味?」


 マサへの片思いをこじらせて、朱羽はアルガスを飛び出した。ここで事務仕事をする理由は、彼女がそう望んでいるからではないのだろうか。

 運ばれて来たティポットからカップに紅茶を注いで、朱羽は「はぁ」と少し大げさに溜息をつく。


「アルガスは私をトールになんかさせたくないのよ。色々知りすぎちゃったって事」


 意外な事実を知って、京子は「えっ」と目を見開いた。




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