107 興奮が止まらない

「京子さん、綾斗あやとさんと何かありましたね?」


 北陸よりも早く開花していた桜が、葉桜寸前の花びらを風に乗せて辺りへ散らす。

 綾斗との関係をまだ公表するつもりはなかったのに、アルガスに来て1時間と経たぬ間にボロが出てしまったらしい。これは女の勘というものなのだろうか。

 朱羽あげはの事務所へ向かおうとアルガスを出た京子を呼び止めて、美弦みつるが確信を突いてくる。


「向こうに行ったまま二人で帰りをズラすなんて、何かあったって思うじゃないですか。けど深刻な話じゃないみたいだし、もしやと思って」

「急に休んじゃってごめんね。彰人あきひとくんが気分転換でもって言ってくれたらしくて……」

「それは良いんですよ。京子さんが綾斗さんと仲良いのは、私にとっては願ったり叶ったりです。それでさっき、デスクルームに入って来た時の京子さんを見て確信しました!」


 強気な美弦に、動揺する京子。


「だから、私じっとしていられなくて!」

「それで追い掛けてきたの?」

「はい!」


 ほんの一瞬の隙を、美弦は見逃さなかった。

 とはいえ、最初から期待を込めて待ち構えられていたようだ。

 デスクルームで言わなかったのは彼女なりの計らいだろうが、その我慢を一気に吐き出して、美弦は「京子さん!」と詰め寄ってくる。


 これ以上黙っているわけにもいかず、京子は秘密にする筈だった事実を打ち明けた。


「綾斗と、付き合う事になった……」

「きゃあ、ホントですか!」


 美弦は言った側からテンションを上げて、笑顔全開になる。京子は顔面を紅潮させながら、慌てて「シッ」と指を立てた。


「まだ内緒にして」

「勿論ですよ!」


 いずれバレるだろうとは覚悟していたけれど、こんなに早いとは思わなかった。これ以上は広まらぬようにと願うばかりだ。

 事実を知ってスッキリしたのか、美弦は「じゃあ、気を付けて行って下さい」とUターンしていく。


「先が思いやられる……」


 アルガスを出て最寄り駅まで歩いたところで、京子は綾斗にメールを打った。


『美弦にバレちゃった』


 それはすぐ既読になったが、彼からの返事が届いたのは朱羽の事務所がある駅に着いてからだ。

 あの後彼が美弦と顔を合わせた事を想像すると、少し申し訳なく思ってしまう。


「嘘付けないな」


 パシリと自分のほおを叩いて、メールを開いた。


『気にしなくていいよ、大丈夫』


 その一言に詳細は読めないが、綾斗の『大丈夫』は京子にとって心強い。だから素直に『ありがとう』というスタンプを返した。


 平日の街は人の流れが落ち着いていて、京子は商店街をのんびり眺めながら朱羽の事務所へ向かう。


「お久しぶりです、京子さん」


 私服のシャツにエプロンを付けた龍之介りゅうのすけが京子を迎えた。

 すっかり雑用のバイトが板についた彼は、最近ここで料理までしているらしい。


「久しぶり、龍之介くん。まだ春休みだっけ?」

「はい。今日は入学式なんで、在校生は明日から登校です」

「そうなんだ。もう3年生だもんね。朱羽いるよね?」


 一応アポは取って来た。

 事務所の奥を覗き込むと、パソコンの前に座っていた朱羽が「待ってたわよ」と立ち上がる。

 物言いたげな顔が、ついさっきアルガスを出る時に見た美弦と重なって、京子は冷や汗を感じた。まさかこっちでも同じ事を推測されているのだろうか。


 「京子」とやってきた彼女が、龍之介の横に並ぶ。


一昨日おととい帰って来るって言うから、私昨日アルガスに行ったのよ? それなのにまだ帰っていないって言うんですもの。綾斗くんと何してたのよ」

「そ、それは……気分転換?」

 

 嘘はついていない。

 けれど、やはり隠し事はできそうになかった。これ以上広まりませんようにという京子の願いは、神様の元へ届く前に霧散むさんしてしまったらしい。




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