104 地下牢へ来た理由は

「彼はヒデと同じバーサーカーだよ」

 

 綾斗あやとがそうだと言われて、大舎卿だいしゃきょうは耳を疑った。

 浩一郎は得意気に話を続ける。


「怖い顔するなよ。彼が強いって褒めてるんだろ? あの時屋上で戦ったけど、彼は僕についてこれたからね?」


 綾斗は京子と比べてバランスの取れた戦い方をする。

 本部に異動してきたばかりの頃、本人は『戦闘は苦手』だと言っていたが、北陸で2年間基礎をきっちり叩き込まれた成果は動きにちゃんと出ていた。だからこそ浩一郎のアルガス襲撃でも、彼を最前線に置くことに不安は起きなかったのだ。


 けれど浩一郎が言うような跳ね上がる気配を感じたことはない。

 浩一郎の強さは別格だ。現に屋上での二人の戦いは、浩一郎に軍配が上がっている。


「俺は手なんか抜いてないからな? なんならウチのせがれより強いんじゃないか? まぁかんちゃんがそんな顔するなら、彼は隠しているのかもしれないね。懸命だと思うよ」


 キーダーやバスクには特殊な力を持つ能力者が居て、その中の一つがバーサーカーだ。

 バーサーカーは銀環ぎんかんで力を抑制よくせいされつつも、自分の意思で力を強めることができる。

 つまりそれを最大値まで至らせた時、故意に暴走を起こすことが可能なのだ。


「お前が言うなら間違いないんじゃろ。小僧が務めて隠しきれるというなら、それでいいが──」

「強い力は狙われやすいからね。気を付けるに越したことはないよ」

「そうじゃな。それより浩一郎、お前京子に何かしたか?」


 綾斗の事も気になるが、今日ここへ来た一番の理由は松本ではなく京子の事だった。面会時間は20分だと念を押されていて、他の事を話している余裕はあまりない。


「お前のせがれが、わしに相談してきおったんじゃ。京子の感覚が戻り切っておらんとな」


 浩一郎もかつて特殊能力の持ち主で、京子の記憶操作をしたことがあった。

 それが原因で京子は気配を嗅ぎ取る能力を本能的に拒絶してしまったが、後に記憶を取り戻したことで元通りになったと思われた。

 けれどまだ完全にという訳ではないらしい。


 浩一郎の息子である彰人あきひとには面会の許可が下りず、大舎卿に打診してきたという訳だ。


「彰人が勘ちゃんに相談だなんて、時代は変わったもんだね」

「あいつはお前とは違って、真面目に仕事しとるんじゃよ」

「へぇ。けど京子ちゃんが不安定なのは仕方ないよ。彼女は僕が力を解いたわけじゃないからね」


 記憶操作は簡単にやれることじゃない。浩一郎が京子にかけた技は不完全で、京子は自ら記憶を取り戻してしまったのだ。


「能力で操作された記憶ってのはさ、かけた本人が解くか、かけた本人が死なない限り完全には解けないんだよ」

「厄介なことをしおって」


 彰人に聞いた時は相当面倒な事になっていると思ったが、元を正せば案外簡単な理由だったようだ。

 浩一郎は「けどさぁ」と勿体ぶったように目尻を下げ、腰に手を当てる。


「残念ながら今の俺はトールだよ? もう力なんて使えないからね?」

「下手な芝居するな。解くのに力なんて要らんじゃろ」

「敵わないな、勘ちゃんには。いいよ、京子ちゃんの事連れてきてくれたら戻してあげる」

「なら頼んだぞ。わしはここに長居する気はないんでな、面白い奴に会わせてやる」

「何それ。まぁいいよ、楽しみにしてる」


 京子はやよいの葬儀で綾斗と北陸へ行っている。本来なら今日から出てくる予定だったが、二人はそのままどこかを回ってから帰って来るという。

 数日ここで待機する余裕もないと考えて、丁度良い代理が浮かんだ。


「勘ちゃんはまだ休暇中なの?」

「わしはまだここへ戻る気はないんじゃよ。若いのがゴロゴロ入ってきたからな、わしなんか居なくても回してもらわねば困る。それ以外にもやる事は幾らでもあるしの」

「へぇ。戦争でもする気かい? 何なら俺も上に行って戦ってやろうか?」

「力のない貴様を出す気なんぞないわ」

「戦う手段なんて幾らでもあるだろうけどね」


 ハハッと乾いた音で笑う浩一郎に、大舎卿は眉をひそめた。


「──知っておるのか?」

「何の事? 俺は何も知らないよ」


 浩一郎ははぐらかしたが、明らかに知っている空気を醸す。

 この所、もっぱら大舎卿が誠たちと話している事だ。地下牢でどれだけ外界を知る手立てがあるのかは分からないが、彼なりに色々と勘付かんづいているのかもしれない。


 廊下の向こうで、トントントンと三回扉を叩く音が聞こえた。そろそろだという護兵ごへいからの合図だ。


「まぁいい。なぁ浩一郎、お前はここを出たら何がしたい?」

「そうだな、勘ちゃんが許してくれるならハナに会いに行きたいかな。あとは勘ちゃんと酒もね。だからそれまで生きていてくれよ?」


 ハナは大舎卿の妻で、アルガス解放の前は浩一郎の恋人だった女だ。

 浩一郎がアルガスを襲った罪は重い。けれど治外法権のまかり通る世界で、終身刑とは言いつつ10年もすれば出れるだろうと大舎卿は踏んでいる。


「なら、美味い酒を用意してやる」

「任せた」


 その日を送れるように、アルガスが生き残る術を見つけなければならない。


「楽しみじゃな」


 大舎卿はそう言い残して地下牢を後にした。




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