105 観覧車の約束
「俺はバーサーカーなんです」
その特異な響きに驚いてはみたものの、京子にはあまりピンとは来なかった。
反応に困って見開いた目をパチパチと瞬かせると、
「これでも言おうかどうか結構迷ったんですよ? そんな顔されると、黙ってたのが馬鹿馬鹿しくなっちゃいます」
「ううん、私の方こそごめん。それって綾斗が特殊能力を使えるって事だよね?」
京子は綾斗の手を引いて、木の柵に腰を預けた。海風を背中に受けながら横に並んだ彼の顔を見上げて、「うーん」と唸る。
「知識としてはあるんだけど、あんまり詳しくなくて。誰か他に使える人はいるの?」
「ちょっと調べたら、アルガス解放の頃に一人だけ居たらしいです。もうトールになった人ですけど」
「そうなんだ。けど、綾斗はどうしてそれを隠してたの?」
能力者には特別な能力を使う人間が居る。
感覚を麻痺させる
京子にそんな力はないし、綾斗も同じだと思っていた。
綾斗は「それは」と短く言い
「
「佳祐さん?」
「はい」
綾斗と佳祐はあまり接点がないように見えたし、綾斗自身も前にそんなことを言っていた。葬儀で顔を合わせた時も、挨拶程度にしか言葉を交わしていない気がする。
綾斗は「すみません」と申し訳なさそうな顔をして、そのいきさつを説明した。
彼が中三の修学旅行中に誘拐されたのは九州だ。
当時まだ覚醒したばかりの綾斗は、監禁を逃れるためにありったけの力を解放しそうになったという。それを駆け付けた佳祐が保護したらしい。
「それは特別な能力だから誰にも言うなって言われて。それ以上の理由は聞いていません。隠し通せるとも思わないけど、今まで黙っていたつもりです」
「私は気付かなかったよ?」
元々感覚の弱い身としては、気付けるとも思わないけれど。綾斗は気配を消す力もずば抜けていて、バレる要素などあまり見つからない。
「今回の事で、誰が敵が見えなくなってしまったでしょう? 京子さんに疑われるのだけは勘弁して欲しかったんですよ。だから、言っておこうと思って」
「綾斗……」
「本当は昨日話す予定だったんですけど、そんな状況じゃなかったから。けどまだ他の人には黙ってて下さいね?」
「うん、分かったよ。じゃあ──」
京子は繋いでいた手を一度放して、右手の人差し指を彼に向ける。
『約束』なんて子供の時以来だ。指を絡めた感触にこそばゆい気持ちになって、京子は再び手を繋ぐ。
「けど実際、バーサーカーって何ができるの?」
「自分の意思で力の強弱をコントロールできるんですよ。暴走程度の威力まで高める事も可能らしいです」
「暴走?
「銀環は無意識の暴走を防いでくれるでしょう? それとは別に、起こそうという意思があればそれができてしまうんですよ。暴走の能力値が200だと言われているのに対して、バーサーカーは180くらいまでは行けるらしいです」
京子は驚いて声を上げる。
普段『能力値』と言う言葉はあまり使わないが、キーダーやバスクのそれは60から70だと言われている。
暴走を起こすという事はつまり、『大晦日の
「その代わり、体力の消費は激しいんですけどね。少し強めに力を使うと、あっという間に倒れます」
「使った事あるの?」
「流石に暴走は起こしたことないですけど、何度か」
全く気が付かなかった。
「綾斗は凄いんだね。やよいさんの敵討ちをする為にも、私ももっと強くならなきゃ」
自分は何ができるだろうと考えて、少し怖くなる。誰が敵か分からない戦いの最後に、生き残ることはできるだろうか。
「そんな不安な顔しなくて良いですから。少なくとも俺は京子さんの味方です」
「ありがと。ねぇ綾斗、二人の時は丁寧に話さなくていいよ?」
「分かった。けど、急には切り替えられないから少しずつね」
今まで他の人に掛けられていた普通の言葉が自分に向いた途端、それが急に特別に聞こえてしまう。耳がくすぐったかった。
綾斗はにっこりと笑って、京子を肩に引き寄せる。
もうこれ以上犠牲者が増えませんようにと祈りながら、京子はひと時だけ目を閉じた。
☆
「見てみて綾斗、観覧車が回ってる」
帰りの新幹線で、京子は窓際の席から遠くの風景を指差した。
遊園地か何かは分からないが、田舎の風景に一際目立つ大きな観覧車を見つけて、子供の様にはしゃいでしまう。
「前に美弦と観覧車の話した事あって。ほら、東京湾の向こう側にあったショッピングモールに観覧車があったでしょ? 綾斗とも買い物とかご飯なら行った事あるけど、結局アレに乗る事はなかったなって」
都市開発でショッピングモールエリアが閉鎖するという事で、美弦は修司と行ってきたんだと楽しそうに話をしてくれた。そして桃也と別れたばかりの京子に『綾斗と行けばいい』と勧めてきたのだ。
「そりゃ付き合ってない男女で乗るのはハードル高いですよね」
「でしょ? だから今度どっかにあったら乗ってみる?」
「喜んで」
今までと少し違う関係を照れ臭く思いながら、京子は「じゃあ、これも約束ね」と笑顔を広げた。
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