102 彼の秘密

 綾斗あやとの実家を出て、新幹線に乗るため金沢へ戻る。

 昨日あんなことがあって『恋人同士』になったけれど、仕事上の『先輩後輩』という関係は並行して継続中だ。今回金沢に来た理由もかんがみて、二人の関係を公表するのは少し先にする事にした。


 あちこちに咲く桜を眺めながら高速道路で東へ移動していくと、まるで福井に居た1日が夢だったかのように、頭が仕事モードへと切り替わっていく。


 東京に帰ったらやらなければならない事が山積みだ。

 まずは敵が誰なのかを暴く。今までホルスに関することは殆ど監察かんさつに任せていたが、桃也とうやがサードへ移った事で、いよいよ京子たち支部付きのキーダーも関わっていかなければならないだろう。


「次があるのかな……」


 京子の不安に、綾斗が直線に伸びる目の前の道路へ目を細めた。


「やよいさんが亡くなって、これで終わりという事はないと思います。だから今までより警戒していかないと。京子さんは普段から感覚鈍いんですから、一層注意して下さいよ?」

「そこだよねぇ」


 それが一番の問題だと自覚はしている。


「一つ聞きますけど、前に京子さんが知らない男と東京駅に居たって修司しゅうじに聞きましたよ。知り合いですか?」

「ええっ?」


 京子は驚いて、思わず車内に声を響かせた。

 東京駅は滅多に行かない場所だし、そこで修司に会った記憶もない。

 ここ半年程で一緒だったのは桃也か彰人あきひとが真っ先に浮かんだが、『知らない男』と言うのならしのぶだろう。


「もしかして……嫉妬してる?」

「思い当たる相手が居るんですよね? そりゃ嫉妬もしてますよ。けど、真面目な話です」


 少しスネたように言う綾斗は、前からその事を知っていたのだろう。

 忍に会ったのは二度だが、どちらも去年の冬の話だ。それをピンポイントで見られていたというのか。


「そういうのじゃないと思う。ナンパされたの」

「ナンパ!?」

「本人もそう言ってたから。けど、それだけだよ? 付いて行ってないし」

「当たり前です! 敵だったらどうするつもりですか。心配してるんですよ?」

「うん──気を付ける」


 京子も彼を怪しいと思った事はあるが、バスクでない事は確認している。けれど感覚の鈍さを指摘されると、自信がなくなってしまう。


 東京駅と言えば、彰人と居た時の事も気に掛かる。

 浩一郎が消した記憶を取り戻して、京子は本来の感覚を取り戻したと思っていた。けれどあの時彼が警戒した気配を、京子は感じ取ることができなかったのだ。


「ところで、ちょっと寄り道させて下さい」


 加賀を過ぎた所で、綾斗がカーナビに目をやった。

 次のSAが地図に出て、車を脇のレーンへ移動させる。


 駐車場へ下りると、綾斗は京子を連れて建物の裏へと回った。徒歩でSAの外へ出ることができるらしい。

 彼の様子がいつもと少し違う気がして、京子は自分から彼の手を掴んだ。


「緊張してる? 何か話でもあった?」

「分かります? 眺めの良い所で話そうと思って」


 綾斗は苦笑して、握り締めた手に指を絡める。

 こうやって彼と手を繋いだのは初めてだった。相手を好きだと自覚するだけで、身体はこんなに変化するのだろうか。

 ずっと鳴りやまない心臓の音を隠して、松の木が生い茂る遊歩道を歩いていく。その先の高台から海を見渡すことができた。

 岬にある広場で足を止めて、京子は「気持ち良いね」とはしゃぐ。


 この旅では何度か海を見ているが、どれも天気に恵まれて今日も穏やかな青い風景を堪能することができた。

 けれどそんな京子とは対照的に、綾斗は何かずっと考え事をしているように見える。

 それがあまり良い事ではない気がして、京子はふと込み上げた不安を口にした。


「別れ話じゃないよね?」


 ストレートに尋ねると、綾斗は「え?」と我に返っておかしな声を出す。そしてハの字に眉尻を下げた。


「本当に京子さんですか? そんな心配されるなんて夢にも思いませんでした」

「だって、何か言い難そうなんだもん」

「それは絶対にないから」

「なら……良かった」


 早とちりだったと反省して、京子は綾斗の手を掴んだまま彼と向かい合う。

 海風が強まって、京子の長い髪をザッと揺らした。


「本当は昨日の夜話そうと思ってたんです。京子さんに返事貰ったら嬉しくてタイミング逃しちゃったけど、帰る前に伝えておきたいと思って。俺もこんな時だからこそ言っておきます」

「綾斗……?」


 綾斗は真っすぐに京子を見つめて、その秘密を口にする。


「俺はバーサーカーなんです」

「バーサーカー?」


 躊躇ためらいなく告げられた事実は、その重要性をアピールしてはくれない。

 京子は繰り返した単語にハッとして、ほどけそうになった彼の手を握り締めた。






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