101 少し違う朝
朝起きると、部屋に
彼に想いを告げた後、用意してもらったお酒を飲んだ記憶はある。
あんなに怖いと思った日本人形はあっという間に風景の一部と化し、京子は綾斗と夜を過ごした。
「おはようございます、京子さん」
「おはよう、綾斗」
朝食を誘いに来た彼に挨拶する。
昨日までと同じようで少し違う朝に緊張して、照れ臭くなった。
まだ朝の七時前だというのに、家には京子たち以外に
「京子ちゃん、ぐっすり眠れた? ごめんね、あんな人形の居る部屋しか用意できなくて」
「いえ、思いの
「なら良かった。朝ごはん、適当に食べていってね」
居間で朝食を摂っていた渚央が、食べ掛けのおにぎりを皿に置いて部屋を出て行く。
テーブルの上に乗った大皿には、おにぎりやおかずがまとめて盛りつけられていた。活動時間がバラバラな木崎家の朝食は、ここから各自取り分けて食べるのだという。
京子と綾斗が並んで座ると、渚央は台所から運んできた取り皿と味噌汁を二人の前に並べた。
「ありがとうございます。どれも美味しそう」
「おにぎりは俺が握ったやつだよ。ちゃんとラップ使ってるから安心して。妹たちの弁当もあってさ、ちょっと握りすぎたかな」
「へぇすごい。いただきます」
得意気な渚央を絶賛して、京子は端のおにぎりに手を伸ばした。パクリと頬張ったごはんから、焼いた鮭が覗く。
「おいしい」と顔をほころばせると、彼は「良い食べっぷり」と目を細める。
「兄さんも相変わらず忙しいんだね。その格好、今日も仕事なの?」
「勿論。夕方にはサッカー行くけどな。暇よりよっぽどいいよ」
昨日はラフな感じだったが、今日の渚央はスーツを着ていた。襟足の髪をゴムで細く結んでいる。
彼は父親の経営する会社に跡取りとして勤めていて、10時に取引先とミーティングがあると言いながら淹れたてのお茶を啜った。
まだ春になったばかりだというのに浅黒の渚央は、趣味でサッカーのクラブチームに入っていて、最近は小学生にも教えているらしい。
「あ、そうだ」と席を立った渚央が部屋を出て行くのを待って、京子は両手でおにぎりを掴みながら綾斗を振り向いた。
「渚央さんって、結構綾斗に似てるよね。サッカーして鍛えてるからかな、体格もそっくりだし」
「そりゃ兄弟ですからね」
「あ、でも渚央さんの方がちょっと癒し系かも?」
「ちょっとって。兄さんにときめかないでくれます?」
「そういうつもりで言ったんじゃないもん」
何故か機嫌を損ねる綾斗に、京子は頬を膨らませる。
「俺だってあんな風に誰にでも人当たり良くできないのは自覚してるんですよ。見た目だけなら、昔は良く間違えられてたし。兄さんも黒髪でメガネ掛けてたんで」
「へぇ」
「何? 俺の話してた?」
戻って来た渚央が、唐突に会話に入って来る。
改めてじっくりと彼の顔を見つめて、京子は「そっくり」とこっそり綾斗に耳打ちした。
「兄弟で似てるなぁって思って」
「まぁね」と渚央は元の場所に腰を下ろす。
「それにしても二人は仲良いね。昨日はあれからどうしたの?」
「えっ」
「プライベート探らないでくれる?」
思わず顔に出そうになる京子から視線を逸らすように、綾斗が兄を
「分かったよ」と従う渚央は楽しそうに京子へ笑い掛けて、持ってきた小鉢を京子の前に差し出す。
「これも食べて。年末に母さんが冷凍しといたの忘れてたって言ってさ」
「マロングラッセ! 綾斗が好きだって言ってたやつだよね? お母さんの手作り!」
遠い記憶が蘇って、京子は思わず声を上げる。
小鉢の中には飴色の大きな栗がゴロリと入っていて、横から覗き込んだ綾斗が「あったんだ」と声を弾ませた。まだ彼と会って間もない頃、コレが好きだと言って栗拾いの話をしてくれた。
「ちょっとしか残ってないけどね。まさか女の子連れて帰って来るなんて誰も思っていなかったから」
「いちいちそういう話しなくていいから」
綾斗は少し照れながら「食べましょう」とフォークを京子に渡す。
そんな彼を渚央は満足そうに眺めていた。
強めのラム酒と甘い砂糖が染み込んだマロングラッセに、京子は「美味しい」と頬を上げる。
「それは良かった。京子ちゃん、またおいで。今度はもっといいもの食べさせてあげるからさ」
「はい、楽しみにしてますね」
あまり深く考えないまま答える京子に、綾斗は一瞬驚いた顔をする。
京子はそれに気付かなかったが、渚央が綾斗に向けて「頑張れよ」と笑った。
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