64 楽しそうな二人

「そういや姉ちゃん、桃也とうやと別れたんだってな」


 乾杯後しばらく修司しゅうじの話で盛り上がっていたが、平野ひらのが頃合いを測ってその話題を持ち出した。

 正月からというもの、誰かと顔を合わせる度に桃也の事を聞かれて正直うんざりしていたが、京子は「そうなんですよ」と二杯目のカクテルをすする。


「アイツは忙しい男だからな。お互いがそれで良いってんなら構わねぇんじゃねぇのか」


 桃也がサードに入ったことは、平野の耳にも届いているらしい。


「同じ監察員でも、桃也の方が僕よりずっと仕事してるしね」

「だなぁ。北陸ん時も俺たちの倍は訓練してたからな」

「そうなんですか?」


 平野と彰人に桃也とマサを加えた四人が北陸へ訓練に行ったのは、今からちょうど三年前の事だ。一年の訓練期間にあった出来事を桃也が口に出す事は殆どなく、他から耳にする機会もなかった。


「あぁ。俺やコイツみてぇな元から訓練してるバスクとは違うからな。あんな事できる力を秘めてるとは言え、アイツは初心者だ」


 『あんな事』というのは、『大晦日の白雪しらゆき』の事だろう。平野や彰人への嫉妬は桃也自身も吐露とろしていた。


 平野は次々にくる注文にシェイカーを振りながら、声のボリュームを抑える。

 目の前で注がれる鮮やかなブルーのカクテルに酔い掛けの瞳を輝かせて、京子は「私にもそれ下さい」とリクエストした。


「私は、彼の元へ行くべきだったのかな」

「べき、って言葉は違うと思うよ。そこは二人の問題だし、誰かが責められるものじゃないから」

「出張ぐれぇの日数で「会いたい」って半べそかいてた姉ちゃんに、今の距離は長過ぎるもんな」

「半べそって……そう言って平野さん、色んな人に広めないで下さいよ!」


 京子は唇の前に人差し指を立てる。


「いいじゃねぇか。あんなに会いたがってた姉ちゃんがアイツと別れるぐれぇだ。理由はそれだけじゃないんだろうしな」

「どうだろう……」


 それをうまく説明はできない。込み上げる感情をぎゅっと堪えると、平野は浅いグラスに青色のカクテルを注いで京子の前へ差し出した。


「これは俺の奢りだ。飲めよ」

「……ありがとうございます」


 思ったよりも強いお酒だ。それを知ってか、彰人が「少しずつね」と顔を伺う。


「京子ちゃん、桃也じゃなくて僕がサードに行けばいいって思ってたでしょ」

「そんなことないよ。けど、監察から一人選ばれるかもしれないって聞いた時は、彰人くんじゃないかっては思った」

「やっぱり。僕はそんな目立つポジション望まないけどね。あそこは多分、僕じゃダメなんだと思う」


 謙遜けんそんしているのかどうかは分からないが、彼は曖昧あいまいな情報に首をひねった。


「俺には関係ねぇ話だから、詳しくは知らねぇよ」

「特別な人が行くポジションって言うのかな。上がどこを見て選んでるのかは分からないけど。佳祐けいすけさんにしても桃也にしても、何かあるんだろうね」

「特殊能力って事じゃなくて?」

「別の能力が付帯されてる人ってこと? それは必須条件じゃないと思うよ。少なくとも僕は佳祐さんがそっちだっていう情報は持ってない」

「確かに」


 彰人の父親である浩一郎や桃也は、記憶や感覚の一部を操作する力を持っているが、それ以外では聞いたことがない。

 アルガス長官の宇波うなみは、桃也を後継者にしたいと言っていた。


「京子ちゃんの目には僕がみんなと違うように見えるのかもしれないけど、それはキーダーとは別の訓練をしてきただけの事だよ。やろうと思えば京子ちゃんにだって出来る事ばかりなんだから」

「本当に?」

「本当だよ」

「そういや特殊能力と言えば、前に捕まえたホルスの姉ちゃん居ただろ。あれはどうなってんだ?」

「全然口割らないみたいです。もう僕の担当じゃないので報告を聞くだけですけど」


 そういえば、安藤りつもその一人だった。

 敵であるホルスの幹部で、春に修司を巻き込んでの騒動を起こしている。彼女と戦った時に、広範囲の空間隔離を起していた。

 あの時は、彰人も大分彼女に関わっていたが。


「気になる?」


 京子の視線に気付いて、彰人が目を合わせた。

 結構酔っているはずなのに、彼との距離が意識をそこに留めてしまう。

 京子は緊張をほぐすように青のカクテルをグイと飲み込んだ。


 けれどそれは酔いを通り越して眠気を誘う。


「眠くなった? 移動する時起してあげるから寝ててもいいよ」

「じゃあ、ちょっとだけ」


 そんな彼の言葉に甘えて、カウンターに顔を伏せた。


 平野と彰人はずっと仕事の話をしていた気がする。

 意識の飛ぶ最後に、「馬鹿だな」という平野の笑い声が聞こえた。


「自分でも馬鹿だって思います」


 彰人の自嘲も聞こえた。

 楽しそうだなと思った。



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