63 真っ赤なカクテル

 郡山から仙台まで新幹線で約40分。

 懐かしさに浸りながら、長いアーケードを延々と歩いていく。もりの都と呼ばれるその街は、夜の10時を過ぎた今もまだまだ人が多かった。

 綾斗あやとと来た時の記憶に、目につく看板や店を重ねていく。


「よそ見してるとぶつかるよ」

「う、うん」


 キョロキョロする京子を楽しそうに見つめながら、彰人あきひとは店までの道のりをエスコートした。

 彼に吸い付くギャラリーの視線も、やたら近い横顔にもようやく慣れて来た所で、懐かしい路地に入り込む。

 

「私、ここで熱出して倒れたんだよ」

「うん、聞いてるよ。アルガスじゃ結構有名な話だよね」


 プラトーの前で倒れて、隣の店の女将・美佐子に助けられた。

 彰人が「どうぞ」と開いた黒い扉を潜ると、「いらっしゃいませ」と掛けられた声の語尾が驚きを含んだ。


「こりゃまた見慣れねぇ組み合わせだな」


 相変わらず客の多い店内で、腕まくりした白いシャツ姿の平野芳高ひらのよしたかが二人を手招いた。京子と同じ銀環ぎんかんをする彼は、東北支部唯一のキーダーだ。

 京子と彰人は入口にコートを掛けて、カウンターへ並ぶ。


「お久しぶりです、平野さん」

「おぅ。姉ちゃんとは春にそっち行った時以来か? 本部は最近どうだ?」

修司しゅうじが来月から北陸に行くんで、ちょっとバタバタしてます」


 熱々のおしぼりで手を拭きながら、京子は修司の話をする。彼はバスク時代、毎日この店に通って平野と過ごしていたらしい。


「僕はいつもので。京子ちゃんはどうする?」

「私は、お任せで。バーってあんまり来ないから分からなくて」


 「変わんねぇな」と平野が笑った。

 彰人は監察員として東日本を担当していて、東北支部のある仙台に来る事も多いらしい。北陸での訓練でも一緒だった二人は、仲が良いようだ。


「それにしても、修司があの訓練をねぇ。あの姉さんのシゴキに耐えられるかな」

「やよいさんは容赦ないですからね」


 平野は先の注文をテーブル席へ運ぶと、次のグラスを準備しながら楽しそうに目を細めた。


「修司はいっつもそこの端っこに座って、ジュース飲みながら学校の宿題してたんだぜ」

「ずっと平野さんと居たんですよね。私なんかより全然修司の方が気配消すの上手いですよ」

「当ったりめぇだ。バレたら死活問題だからな? 姉ちゃんみたいなキーダーとバスクじゃ心構えが違うんだよ」

「まぁそうなんですけど」


 こうやって談笑していても、二人の気配は感じない。彰人も平野も元バスクだ。

 修司はキーダーになって半年程だというのに力も十分に覚醒していて、たまに美弦みつるが嫉妬する程だった。


「京子ちゃんは、もう少し意識した方が良いよ」


 務めて気配を隠す京子に、彰人は「そんな感じ」と頷いた。

 平野は彰人の前に水割りを置いて、その横に京子のカクテルを並べる。前に来た時と同じ赤い色が揺れて、京子はパッと笑顔を広げた。


「平野さんにとって、私は赤いイメージですか? 女らしい?」

「いや、血の気が多い感じだな」

「血の気ですか……」


 平野は豪快に笑って、日本酒の入ったグラスを二人に向けて突き出した。


「じゃあ、乾杯」


 勢いのまま仙台に来てみたものの、最終の新幹線はそろそろ発車時刻を迎える。

 今日中に帰れる手段を失ってしまったが、平野が居るというだけで彰人と二人きりだという緊張が解けて、不安要素がゼロに近い所まで落ちてしまった。

 どうにでもなるような気がした。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る