62 125キロ

 さっきまで、もう少し酔いたいと思っていたのは事実だ。

 同窓会でアルコールが回らなかったのは、クラスメイトに溶け込めなかった事と、何より彰人あきひとと同席したことで、ずっと緊張していたからだと思っている。


 だから彼と二人きりになるというシチュエーションは、本末転倒な気がした。

 彼に何かを期待しているわけでも警戒しているわけでもないが、少しだけ後ろめたい気持ちを覚えて、すぐに返事することができない。


「それとも、誰か気になる人でもいる?」

「えっ……」

「京子ちゃんの気持ちは、もう決まってるんじゃないの? それとも桃也とうやの事が忘れられない?」

「何の事言ってるの?」


 心の底を読まれている気がして、京子は首を傾げてとぼけて見せた。その感情は、まだ自分でもきちんと触れられない場所にある。


「困らせちゃったか。ごめんね」

「ううん。けど、桃也の所に戻るつもりはないから」

「それでいいんじゃない? 京子ちゃんが誰を好きでも、僕は京子ちゃんのこと応援するから。同僚で、同級生で、幼馴染み──一番の友達でしょ?」

「彰人くん……?」

「だからこれからは、そこに親友って言葉も混ぜておいて」


 親友なんて言葉は、同性も含めて京子にはあまり馴染みのない言葉だった。陽菜ひなですら、『幼馴染み』と言う言葉を使っている。

 くすぐったい響きに肩をすくめて、京子は「うん」と頷いた。


「親友なんて言われたの初めてかも」

「それは光栄だね。この間のチョコもありがとね、美味しかったよ」

「なら良かった」


 何だか照れ臭い気分になって、京子は軽く勢いを付けて立ち上がる。

 彼の動向にモヤモヤしていた自分が馬鹿らしく思えた。


「じゃあ、一軒だけなら行こうかな」

「うん、決まりだ」


 彰人はコートを整え、広場から駅の中へと足を向ける。


「え? こっち?」

「だって、アーケードに戻ったら誰かに見られちゃうかもしれないし」

「そうだった」


 駅の中にも幾つかお酒を飲める店はある。

 やましい事をしているわけではないが、なるべくなら誰の目にも触れないでおきたかった。彼に好意を抱いている女子に『抜け駆け』などと思われてしまったら面倒だ。


 けれど彰人はエスカレーターを上ったところで、飲食店側とは反対方向へ進んだ。戸惑う京子を気にもせず、彼は改札横の券売機前で財布を取り出す。


「ちょっと彰人くん、どこ行くつもり? ここって新幹線の──」

「うん。ホワイトデー会えそうにもないから、チョコのお礼ってことにしておいて」

「えぇ?」


 まだ時間は早かった。電光掲示板には、上りも下りもこれから出発の便が表示されている。

 どっちだろうとボタンを押す彼の指を追って、京子は「あっ」と目を見開いた。


「ここから仙台まで約125キロ。新幹線だと40分で行けちゃうんだよ。だから京子ちゃん、一緒にプラトーへ行こうよ」

「それって、もしかして平野さんのお店?」


 懐かしい響きに、京子はパッと破願する。


「当たり」


 彰人がいつものように目を細めて微笑んだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る