41 知ってた

 デッキに出て見送りをする気力もなく、ベンチに座り込む。

 桃也とうやの乗る便の表示がクローズになって、京子は安堵とともに目を閉じた。


 彼と別れて、最後は自然に話すことができた気がする。皮肉だけれど、ホッとした。

 行き過ぎる人々の声や、スーツケースを転がす音、アナウンス、色々な音を聞きながら、ふとカノたち親子の事を思い出す。

 あっさりと別れてしまったけれど、二人はもう空港を出ただろうか。昔母親を助けたというキーダーの話をもう少し聞ければ良かった。

 

「いいなぁ。私もそうやって思い出して貰えるようなキーダーになりたいな」


 サードへ行く桃也を応援して、自分はキーダーのままで居る事を選んだ。今までよりもっと頑張りたいと思う。


「けど、明日からかな」


 ダイエットを開始する女子よろしく、今日ばかりはとのんびりしてしまう。

 椅子にぴったりと吸い付いてしまった身体が暫く動いてくれそうにはなかった。


 天井のガラス窓から見える空が少しずつ赤から灰色へ変わり、そろそろ行こうかと溜息をついた時だ。

 俯いた視界に、暗く影が差した。


 まさか……とは思わなかった。


「帰っていいって言ったのに」


 確信して顔を上げると、綾斗あやとが制服に私服のコートを羽織った姿で緩く笑顔を見せる。


「好きな女性を、誕生日に一人になんかさせませんよ」


 彼がここに来ることは想像できても、そんな言葉を言われるとは思ってなかった。


「……私、そんなにうまく頭の中切り替えられないよ」

「誰かに先越される前にちゃんと言わなきゃって。俺は、京子さんが好きです」

「綾斗……」


 泣きたくなった。けれどそれを我慢して、「うん」と顎を引く。

 すぐ後ろの席にいた若い男女が、「うわぁ」と小声でテンションを上げたのが分かった。いつもならきっと恥ずかしいと思うのに、周りがさほど気にならない。


「こんな時に言うのはズルいと思うけど、俺は最初から負けのスタートだったから。小さなチャンスでも拾っておきたいんです」

「…………」

「返事は待ちますから。いつか心が決まったら、答えを下さい。駄目ならちゃんと諦めます」

「……分かった」

「とりあえず今日は、先輩を迎えに来た後輩ってシチュエーションでお願いします」

「いつも通りじゃん」

「それで十分。改めて、お誕生日おめでとうございます。お守りは渡せました?」

「うん、綾斗のお陰だよ。ありがとね」


 綾斗はもう一度はにかんで、京子に手を差し伸べる。

 大きな手だ。ずっと後輩だと思っていた彼は、いつからこんなに逞しくなったのだろう。

 いつも仕事で彼に甘えてしまうのは、彼の気持ちをどこかで感じていたからかもしれない。


「知ってた……よね」


 息を吐くように囁いた声に、綾斗が首を傾げる。

 誰かの恋人という肩書が消えた今、ずっと気付かないフリをしていた彼の想いにどう向かい合えば良いのだろうか。


「帰ろっか」


 京子は彼の手を握り締めて、ゆっくりと立ち上がった。






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