40 バイバイ

「昔、爆発事件に巻き込まれそうになった時、キーダーに助けて貰ったんです」


 カノの母親がとびきりの笑顔を見せて、そんな話をしてくれた。

 爆発事件だと聞いて、京子がまず頭に過らせたのは『大晦日の白雪しらゆき』だ。


「それって七年前の……」

「ううん、もっと前よ。私が高校生の頃だから、十五年は過ぎてるかな」

「イケメンだったんだよね」


 茶々を入れるカノに「そうそう」と答える彼女は、普段から良くその話をしているようだ。


「背が高くて、カッコ良かったんだぁ。まさか親子でキーダーに助けられるなんて、運命みたいなものね。まだアルガスにいらっしゃるのかしら」

「誰だろう……」

「警察官みたいな身分証見せて貰ったんだけど、きちんとは覚えてないのよ」


 十五年以上前だと、マサたち同期四人組もまだアルガスに入っていない頃だ。

 それ以外で今三十代のキーダーといえば頭に浮かぶ男が一人居るが、彼の事なのだろうか。あまり話をしたことのない相手の顔をぼんやりと頭に浮かべた所で、京子のスマホが震え出す。

 桃也とうやだった。


「あっ!」


 さっき電話をしたからなのか。

 すぐ折り返しが来る事に慣れておらず、慌てながら「ちょっとすみません」と断って通話ボタンを押した。


「桃也?」

『お前、もしかしてこっち来てる?』

「えっ。何で?」


 昨日といい今日といい、別れると決めた途端ずっと離れていたはずの距離が縮まった気がしてしまう。


『電話の履歴見たから。居るのか?』

「居るよ! 第二ターミナル!」


 衝動的に叫んだ。


「お姉ちゃん、お見送りするんだって」

「そうなの? 足止めさせちゃってごめんなさい」


 カノ達のやり取りに「いいえ」と手を振って、京子は桃也へ「ちょっと待って」と一度スマホから顔を遠ざけた。改めて二人に頭を下げる。


「私、この辺で失礼します」

「うん、ありがとう」


 手を振る二人に別れを告げて、京子は再びスマホを耳に当てた。


「ごめん、桃也。どこに居るの? 私、桃也に渡したいものがあって」

『第二にいるなら、俺一旦出るから。5って書いてある時計の下で待ってて』

「分かった! じゃあ、そこでね」


 彼はもう保安検査場の向こうに居るらしい。

 すぐ横に3の数字が入った時計を見つけて、京子は壁のフロアマップから5の数字を探した。


「桃也!」


 時計の下で、京子が桃也を迎える。

 彼が行くのは次の便で、もう少しで搭乗ゲートが開く時間だという。


「ごめん、ギリギリで」

「平気。まさか本当に来るなんてな」

「これを渡さなきゃって思って。桃也の夢が叶いますように」


 切なさを滲ませた彼の笑顔に、京子はお守りを差し出す。

 桃也は「ありがとう」と京子を抱き締めた。


「応援されてばっかだな。俺は何にもしてやれなかったのに」

「そんなことないよ。私も桃也と居れて嬉しかった」

「いいよ。けど、覚悟決めたからには頂点狙ってくる」


 長官になる話を、彼は知っているのだろうか。けれど口には出さなかった。


「じゃあ、行くから」


 桃也は京子の頭をポンと撫でて、再びそのままゲートを潜る。


「バイバイ、桃也」


 その背中が消えるまで見送って、京子は通路の空いたベンチに崩れるように腰を下ろした。







  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る