39 事件が起きたその時に

 カノの相手を面倒だと感じながらも、このまま桃也とうやに会えないのならそれでもいいと思ってしまう。


「こんなに人がいるところで、力は見せられないよ」


 唐突に力を見せて欲しいと言われ、京子は「ごめんね」と断った。

 能力に関して特に規定はないが、こんな場所でおかしなことをすれば大人数の視線を集めかねない。それが人探しのきっかけを作るかもしれないが、綾斗に言われたように要らぬ敵を引き付ける行為は避けたかった。


「あそこの時計で四時になっても見つからない時は、インフォメーションにお話させて? あんまり時間掛かるとお母さん心配させちゃうから」

「わかった」


 時計を指差す京子に、カノは子供らしからぬ渋い顔で了承する。

 四時まではあと十五分だ。京子は横切っていく人の波を眺めながら、それらしき年頃の女性を探した。


「お母さんはどんな人? 顔とか、髪型とか……カノちゃんに似てる?」

「似てないよ。カノは子供で、お母さんは大人だもん」

「確かにそこは違うけど……なんて言ったらいいのかな」

「顔はきれい。髪の毛はお父さんより短くて、黒いコート着てるよ」

「えっ、ベリーショートって事?」

「ベリー?」

「お母さん髪短いんだ」


 子供にとっては難しい質問だったのかもしれないと思ったが、モヤモヤしていた母親像が髪型で一気にクリアになった。


「うん。お母さんはね、優しいの。楽しかったり嬉しかったりすると、目がぶわっと大きくなって「カノ」って抱き締めてくれるんだ」

「へぇ。いいなぁ、お母さん」

「京子お姉さんはいないの?」

「私のお母さんはね、遠い所に居るの」


 京子の母親は十年前に病気で他界している。

 遠い日の記憶を垣間見て、カノの事が少し羨ましくなった。


「カノちゃんのお母さん、早く見つかるといいね」


 小さなカノの頭を撫でると、ふと視線に気付いた。

 人の波の向こう側で、黒いコートを着た男勝りなショートヘアの女性がこっちを見ている。目も口もぶわっと大きく開いて、即座に確信することができた。


「カノちゃん、あの人!」


 反対を見ていたカノの腕を引っ張ると、京子の指差す先を見て跳び付くような笑顔を広げる。


「ああっ! お母さん!」


 カノが言った通りの母親登場に、京子は「うわぁ」と歓声を上げた。

 母親を探すと言っておきながら、特に何もしないまま解決してしまう。

 ガラガラと大きめのスーツケースを片手に引きながら駆け寄って来る女性に、京子は立ち上がって頭を下げた。


「すみません、うちの子見てて下さったんですか?」

「迷子だっていうから一緒に居ただけなんです」

「いえ、それだけで十分ですよ。本当にありがとうございます」


 申し訳なさそうな顔をしてぺこぺこと頭を下げる彼女は、目元がカノに良く似ていた。

 情報通りのベリーショートもクッキリとした美人顔に良く似合っている。そんな母親が、ムッと怒り顔を作ってカノの額をツンと突く。


「カノ、アンタ勝手にお母さんの側離れないでよ」

「だって、お姉ちゃん銀環ぎんかんしてたんだもん! 見失わないようにって追い掛けたらお母さんが居なくなったんだよ?」


 母親に抱き付いて興奮気味に報告するカノの主張に、京子は「ちょっと待って」と眉を顰めた。


「私の事追い掛けて、お母さんとはぐれちゃったの?」

「そうだよ!」


 きっぱりと断言されて、京子は思わず息を詰まらせる。

 そんな娘を「コラ」と叱って、母親は京子の手首に向けた目を丸くした。


「本当だ。貴女キーダーなの?」

「……はい、一応。田母神たもがみ京子と言います」


 ハキハキとした彼女の勢いに圧されつつ、自己紹介をする。


「カノちゃん興味津々みたいですけど、お母さんキーダーに何かあるんですか?」


 ふと気になってそれを尋ねた。まだ小学生のカノがここまでキーダーに関心があるのは、周りの影響なのかと思ったからだ。

 案の定、母親はニッコリと笑顔を見せて意外な言葉をくれる。


「昔、爆発事件に巻き込まれそうになった時、キーダーに助けて貰ったんです」




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