38 小さな彼女の好奇心

「ちょっと……」


 年末年始の移動で混雑は予想していたが、それを遥かに上回る人の波に京子は愕然がくぜんとした。右を向いても左を向いてもという古典的な言葉が出てしまう程に構内は人が溢れていて、本来の目的を忘れてしまいそうになる。


 とりあえず何をすれば良いか考えて、京子は頭上にある電光掲示板を見上げた。

 空港は広いけれど、飛行機に乗るだけなら行動範囲は絞られるだろう。


桃也とうや……」


 夜までに出発する福岡便が一つや二つでないことに絶望しながら、ダメ元で彼の気配を探る。けれど綾斗あやとが言った通り、さっぱり掴むことはできなかった。

 ここまで来たらと桃也のスマホへ電話するが、いつもと変わらず留守録へ切り替わってしまう。メッセージを入れないままオフにして、搭乗口のあるフロアを端から端まで歩いた。


 大盛りのお祝いランチにケーキ二つを平らげたお腹もようやく落ち着いて、京子は腹を撫でながら、ふと足を止める。


「やっぱり向こうなのかな……」


 入口のガラス扉の向こうに、もう一つのターミナルビルが見えた。


「どっち……?」


 ここを離れるのは吉か凶か──そんなことを考えながらポケットに潜ませたお守りを握り締めると、急に視界に飛び込んできた小さな影が京子のスカートを握り締めた。


 「ん?」と驚いて見下ろすと、小学校低学年くらいの少女が半べそをかきながら京子を見上げている。ハーフアップにリボンを付けた、可愛らしい少女だ。


「どうしたの?」

「お母さんが居ないの」

「迷子……ってこと?」

「違う。お母さんが迷子になったから探してほしいの」

「お母さんが?」


 いやどうみても逆だろうと思いながら、京子は目を潤ませる彼女に眉をしかめた。


「迷子ならインフォメーションにお願いした方がいいんじゃないかな? 放送もしてくれるだろうし」

「だめ」 


 京子が近くのカウンターを指差すと、少女はその二文字を強めに訴えてくる。

 そして思いもよらぬ一言を言い放ったのだ。


「お姉さんキーダーなんでしょ? キーダーは凄いってお母さんが言ってたもん!」

「えぇ?」

「手に銀色の環をしてる人はキーダーだって。違うの?」

「違……わないけど」


 仕方なく答えると、少女の顔がぱあっと笑顔になった。


「じゃあ、本当にキーダー?」

「うん。けど、銀環これだけで判断できるものでもないよ? 似てるものも多いし、それだけの理由で知らない人に付いて行くのは危険だよ」

「うん……」


 彼女の視線がチラチラと銀環ぎんかんに向いている事に気付いた。

 キーダーという名称を出されると無下むげに断る気にはなれず、


「いいよ、じゃあ私も一緒に探してあげる」

「ありがとう!」


 京子は諦め気味に了承する。

 自分も人探しの真っ最中なのだから、相手が一人でも二人でも変わらない気がしてきた。

 しかし『いいよ』とは言ったものの見当がつかず、京子は通路に並んだベンチに空席を見つけて少女を座らせた。


「迷子になったら、動かない方が良い時もあるんだよ」


 昔、京子が林間学校で迷子になった時は、やみくもに歩いたせいでどんどん林の奥へ入り込んでしまった。彰人あきひとが居なかったら発見は夜になっていたかもしれない。


 「そうなんだ」と足をぶらぶらさせる少女にホッとして、京子はその横に並んだ。

 彼女の中で『母親が迷子』という設定はどこかへ飛んで行ってしまったらしい。


「私の事は京子って呼んで貰えればいいけど、貴女の事は何て呼べばいい?」

「私は、カノ。小学三年生だよ」

「カノちゃん? うわぁ、今時の名前。可愛いね」

「うん、お母さんが付けてくれたんだ。お姉さんは京子さんね」


 名前だけで時代の差を感じてしまう。


「そうだよ。カノちゃんは何で空港に来たの?」

「京子さんは?」


 逆に聞き返されてしまい、答えにきゅうする。本当のことを言うか迷って、当たり障りのない返事をした。


「見送りかな」

「えっ? 誰の? 恋人?」

「そうじゃないよ。大切な……友達かな」


 カノはキョロキョロと辺りを見回す。それらしき人物がいない事に小学生らしからぬ大人びた顔で「怪しい」と腕を組んだ。


「その人どこに居るの? 間に合う?」

「大丈夫だよ」

「なら良かったぁ。私はね、高松のばあばの家から帰って来たの。お父さんがお迎えに来てくれる予定なんだけど、まだ着かないんだって」

 

 四国から戻ったばかりだという彼女は、到着ロビーから二階へ上がって来た所で母親とはぐれてしまったらしい。


「ねぇねぇ、キーダーは超能力が使えるんでしょ? 見たいなぁ」


 両手をぎゅっと組み合わせておねだりしてくるカノの声の大きさに、辺りの好奇な視線が集まってしまう。

 反射的に手首を袖で隠すが前途多難な空気を感じて、京子は網目のガラス天井を見上げ大きく溜息をついた。




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