31 死の予感

「乗れよ、ついでに送ってやる」


 支部から空港まではそう遠い距離じゃない。時間にも余裕があり、のんびり徒歩で向かう予定だったが、桃也とうや佳祐けいすけのそんな言葉に甘えて横付けされた車へ乗り込んだ。

 型の古い中古のセダンは、見た目のボロさとは逆に乗り心地はまぁまぁ良い。


 年末だというのに今日は普段よりも暖かく、桃也は助手席の窓を細く下げた。


 クリスマスに東京から大阪へ移動し、仕事を終えて九州に戻ったのが昨日だ。ここからまた京子に会う為、東京へ向かう。


「そういや、マサの野郎に辞表突き付けたんだって?」

「佳祐さんに言えなくてすみません」

「良いって事よ。お前はちゃんと戻って来たじゃねぇか」

「……まぁ、そうですね」


 今回の仕事の半分は佳祐と一緒だったけれど、終わるまでこんな話をする暇もなかった。

 今年中に片付けてしまおうとペースを上げていたが、結局は年末ギリギリだ。帰省ラッシュに引っ掛かり、飛行機もキャンセル待ちでようやく取れたものだった。


「東京行って、また戻ってくんだろ?」

「そのつもりです」

「つもりなのか?」

「自分で答えを出したのに、往生際が悪いんですよ」

「お前はそういうトコあるよな」


 ──『京子、キーダーやめて俺と結婚しないか?』

 京子に最後の我儘を言った瞬間、覚悟は決めたつもりだ。


 帰省ラッシュで道は大分混んでいる。

 それでも距離が近いせいか、目的のターミナルまでそれ程時間は掛からなかった。


 「早ぇな」と名残惜しそうに呟いて、佳祐は若干スピードを緩める。

 いつになく改まった空気が流れて、桃也は緊張を走らせた。


「お前はアルガスにとって必要な男だ」

「大袈裟ですよ。佳祐さんもいるじゃないですか」

「俺は多分、死ぬと思う」


 唐突に、佳祐はそんな未来を予言する。

 

「佳祐さん?」

「だから、お前には俺の分もここに居て欲しいんだ」

「物騒なこと言わないで下さい。何かあったんですか?」


 口数の少ない彼の言葉が悪い冗談だと思って、桃也は自嘲する佳祐に困惑する。 


「こんな仕事してると、たまに考えるだろ? だから、もしもの話だよ。俺に何かあった時の為に、残って欲しい」


 伏せた瞼の奥で彼が何を考えているのかは分からない。

 ただ、それを聞き返す前に車が降車場へ滑り込む。


「ありがとうございました。明後日には戻ります」

「おぅ、行ってこい。帰ってきたら、もっと忙しくなるぞ」


 彼は恐らく笑顔だったんだと思う。

 車の窓から伸びた腕が、「良い年を」と大きく振られた。

 桃也はそっと頭を下げて、空港に入る。


 色々考える事は多いが、一つ一つ消化しなければならない。

 まずは明日、あの丘へ登る。


 12月31日、大晦日。

 あの夜から八年だ。



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