30 先輩の言う事は聞くものだよ
真っ白く曇った窓を手で拭い、すっかり暗くなった空を眺めていると、鍋を乗せたカセットコンロに火を入れた
「東京はそっちじゃないよ」
「別に、そういうつもりで見てたわけじゃないですから」
ニコニコと目を細めて、久志は東南を指差す。
「メール?」と手元を覗き込んでくる視線を逃れて、
すぐに折り返しで来たクリスマスのメッセージに返信するか迷っていたが、これ以上続けたら京子にも久志にも悪い気がして、パーティの準備に戻る。
アルガス北陸支部にある技術部の一角が、久志の仮眠部屋を兼ねた六畳の和室になっていた。最初やよいにも声を掛けようと話していたが、彼女はクリスマスだからと数日休みをとったらしい。先日の礼を
テーブルには昼間買ってきた料理や食材が並んでいる。その横には久志が準備したクリスマスのグッズが置かれていて、三角帽子とクラッカー、それに鼻眼鏡まであった。
部屋の隅に飾られたクリスマスツリーは、普段技術部のデスクルームにあるものらしい。
今日は久志主催の蟹パーティだが、12月24日という日付からクリスマスパーティを兼ねている。
「鍋もグツグツ煮えて来たし、そろそろ始めようよ」
「シャンパンとってきますね」
部屋の外にある冷蔵庫へ行って、太いシャンパンの瓶を持ってくる。
久志がポンと栓を抜いて、まずはグラスで乾杯をした。
「さっきのメール、京子ちゃんに送ったんでしょ? 告白でもしたの?」
「してません。そういうのメールでするってどうなんですか?」
「今の時代はアリなんじゃない? 僕はしないけどさ」
今日がクリスマスイブだと気付いて、駅前で目についたツリーの写真を送った。深い意味はないけれど、すぐに返事を貰えたのは嬉しかった。
「だったら俺にさせないで下さい」
「もぅ、綾斗は硬いんだから。よし、じゃあ僕が綾斗の写真を京子ちゃんに──」
「やめて下さい!」
おもむろにカメラアプリを立ち上げようとする久志の腕を、慌てて掴む。ボヤッとしていたら、勝手に撮った顔写真を送られてしまいそうな勢いだ。
「余計なお世話?」
「
「そんなの誰だって知ってるよ。もしかして、彼女に好きだって言ったことないの?」
「……ないです」
久志は何も言わずに、綾斗の背をドンと叩く。彼と恋愛の話なんて殆どしたことがなかった。
鍋から蟹の匂いが少しずつ広がってきて、空腹感が増してくる。早く食べたいと思うのに、いつになく真剣な久志に戸惑ってしまった。
「どうしたんですか?」
「ただ側に居るだけじゃ、どうにもならないって事だよ。誰かに非難されようとも、まずは気持ちを伝えなきゃ。京子ちゃんが好きなんだろ? キーダーなんていつ何があるか分からないんだし。気持ちさえ伝えられたら、あとは京子ちゃんが決める事なんだから」
「久志さん……」
「僕だって、綾斗が好きだっていつも言ってるじゃないか」
「それって……同じなんですか?」
「同じだよ。好きな気持ちに種類なんてないよ」
若干、はぐらかされた気もする。
「綾斗が後悔しないように。ね? 好きな人ができたらちゃんと想いを伝えろって、昔やよいに言われたでしょ? 先輩の言う事は聞くものだよ」
「はい」
懐かしい会話を噛みしめながら、綾斗はもう一度久志と乾杯をした。
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