20 隠せない心境

 土日や祝日は交代勤務で、翌日京子は朝から三階のホールでトレーニングをしていた。

 昼過ぎにアルガスへやって来た佳祐けいすけは、上官たちと打ち合わせをした後、昨日と同じように施設員の運転で空港へ向かう。

 彼の乗った車が門の奥へ消えていくのを見計らって、一緒に見送った綾斗あやとが京子に声を掛けた。


「佳祐さんと何かあったんですか?」

「そう見える?」

「朝からぼんやりしてる事が多いなって。俺の攻撃まともに喰らいそうになってたじゃないですか」

「あれは綾斗が強いからだよ。ちょっと油断すると全然ダメ。ヒヤッとしちゃった」

「あれくらいでですか?」


 ムッとする綾斗に京子は「ごめん」と謝った。

 午前中の訓練は彼の言う通りずっと上の空だった気がする。いつもなら余裕にかわせる攻撃でさえ、何度も当たりそうになっていた。


「何かあった、っていうのかな」

「佳祐さんの前で、ずっとソワソワしてたじゃないですか」

「自覚はないけど……」


 ハッキリしない返事に苦笑する綾斗。

 今日は佳祐が居たせいで、昨日の気まずさを引きずっていたのは事実だ。

 綾斗には敵わないなと思う。


「俺も昨日行きたかったんですよ?」

「誘えなくてごめん」

「事情があるなら仕方ないですけど」

「ねぇ綾斗、この後暇ならちょっと上で話しない?」


 首を上げて、アルガスを仰ぐ。

 徐々に暗くなっていく空には、ぽつりぽつりと星が見えだしていた。


「上でいいんですか? どっか行っても構いませんよ?」

「ううん。今日暖かいし、風に当たったら気持ち良いかなと思って」

「分かりました」

「ありがと、綾斗」


 門を一瞥いちべつした京子に「じゃあ」と残して、綾斗が建物の中へ入った。



   ☆

 屋上に上がると、先に来ていた綾斗が京子を迎える。

 もうすっすり夜の風景が広がっていて、小さな照明が所々をぼんやりと照らしていた。

 コージのヘリもなく静まり返った屋上は、寒いと感じる一歩手前のぬるい空気が漂っている。


 フェンスの所にたたずんで風景を眺める綾斗の横に並んで、京子は両手に持ってきたチューハイの缶を彼に差し出した。自室の小さな冷蔵庫に入れてあるストックだ。


「飲む?」

「いただきます」


 安定の500ミリリットルは、レモンとグレープフルーツ。彼はグレープフルーツを選んだ。

 昔の綾斗なら『そんなに飲むんですか』と指摘してくる所だが、最近は一緒に飲んでくれることが多い。


「付き合ってくれるんだ」

「もう終業時刻ですから。それに明日は休みですよ。俺が飲まなかったら、京子さんがどっちも飲むつもりなんでしょう?」

「確かに」


 妙に納得して、京子は頷いた。むしろそうなったら一本目を一気飲みしてしまいそうな気がする。

 綾斗が胸元のタイを緩めて、同時に栓を抜く。鈍い音で乾杯をして、京子は一口目を豪快に流し込んだ。


「あぁ、美味しい!」


 昨日からの緊張が、キンと冷えたチューハイに解けていく。

 京子は泣きたくなる気持ちを抑えて、唇に缶を押し付けた。




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